第3話 狂信者たちの聖夜02

「す、すいません、ドン・ニコラ!! 逃げるつもりなんて、なかったんでサァ!!」



 ゼブはVIPルームの床に膝をつき、口から唾を飛ばして弁明する。周りは屈強な男たちに囲まれていた。



「わ、わ、わっちは男娼を取り返そうと……」

「へぇ~それで、船に乗ろうとしてたの? 名前をいつわって? 逃げる気マンマンじゃない」



 ダヴィデはゼブの正面に用意されたパイプ椅子に座っている。紫色のマニキュアを塗りながら片手間かたてまで話を聞いていた。



「小娘にはやられる、上玉は取られる、家族ファミリーからは逃げる……『狂信者たちの聖夜ギル・デ・バレンタイン』も舐められたものね」 

「……」



 ダヴィデはゼブへ蔑むような眼差しを向ける。ゼブは肩を竦めて黙りこんだ。



「まあ、いいわ。ドン・ニコラが『聞きたいこと』があるそうよ。あなたをどうするかは、その後に決めるわ。せいぜい、誠意をもって答えることね……」



 ダヴィデが爪に息を吹きかけていると背後からニコラが現れた。ニコラは苦しげに顔を歪め、瞳には涙をためていた。



「ああ、ゼブ。君はどうして家族ファミリーを捨てようとしたんだい? 僕は悲しくて、悲しくて、胸が押し潰されそうだよ」

「うぅ……捨てるだなんて、そんな……わっちは『狂信者たちの聖夜ギル・デ・バレンタイン』の面子メンツのために女を探そうと……」



 ゼブは今にも泣き出しそうなニコラを見て戸惑い、言葉を濁して俯いた。すると、ニコラはたまった涙を指でぬぐいながらゼブの前に屈んだ。



「確かに、家族ファミリーにとって面子メンツは大事だよね。奪われたままなら、他組織に舐められる……だから、キッチリ落とし前をつけなきゃならない。ゼブ、その女はコレと同じ髑髏が付いた銃を持っていたって、本当かい?」



 ニコラはシャツから翡翠髑髏ジェイド・スカルを取り出してみせる。助かりたいゼブは、慌ててウンウンと頷き、アリオについて話し始めた。



「そ、そうです、そうです!! 手品みたいに銃を取り出して……グリップにはそれと同じ髑髏がついてました!!」

「そっか……」

「『ドン・ニコラも同じ髑髏の魔導武装を持ってるぞ!!』って脅したら、ビビッてましたよ!! あんなのただの小娘ですぜ、ドン・ニコラと同じ魔導武装を使えるわけがねぇ!! 兵隊を何人か貸してくだせぇ、わっちが捕まえてご覧に入れまサァ!!」



 ゼブはアリオに一蹴されたことも忘れて強気になる。その態度がダヴィデは気に入らなかった。



「あんた、ニコラの魔導武装を話して聞かせたの? 警戒されたらどうするのよ……」

「え……そ、それは……」

「超フール。……ねえ、ニコラ。どうする?」



 ダヴィデが判断を仰ぐとニコラは立ち上がってゼブを見下ろす。その目にもはや涙はない。それどころか、何か汚いものを見るような眼差しだった。



「ゼブ、君は家族ファミリーの持ち物が奪われたというのに、取り返すどころか逃げようとした。つまり、僕を裏切ったんだ。君はもう僕の家族ファミリーじゃない……」



 『家族ファミリーじゃない』という言葉は死刑宣告だった。ニコラが無感情に呟くとダヴィデもパイプ椅子から立ち上がる。そして、ゼブを取り囲む部下の一人に指示を出した。



を持ってきて」

「はい」



 男が立ち去るとゼブは血相を変えて首を振った。



「い、嫌だ、嫌だ、嫌だぁぁぁ!!」



 小さな身体をよじって精一杯に暴れるが、すぐに取り押さえられる。やがて、命令を受けた男が赤茶色のを持って戻ってきた。男はレンガをゼブの目の前に置く。ゴトンという音がすると、ダヴィデは満足そうにニヤリと笑った。



「さあゼブ、咥えて」

「嫌だ!! 嫌だよぅ!! いぃやぁだぁぁぁ!!」

 


 依然としてゼブは必死に抵抗する。すると、ダヴィデのこめかみに青筋が浮かんだ。



「『咥えろ』って言ってんのが聞こえねぇのか!! ニコラを悲しませやがって、この裏切り者がぁ!! 今すぐ脳ミソをぶちまけるぞ!!」



 突然、ダヴィデは口調を変えて怒鳴り散らした。ピンクのスーツを脱ぎ捨て、腰にぶら下げたトンファーへ手をかける。とたんに、ゼブはガタガタと震えだし、目を強くつぶってレンガを咥えた。レンガに歯が当たると顎が少しだけ床から浮く。舌がレンガに触れると、ザラザラとした舌触りがして、口内いっぱいに砂の味が広がった。



「ユユシテクリャサイ、ホン・フィコラ(許してください、ドン・ニコラ)」



 言葉がままならないゼブは、最後の願いとばかりに涙を流して懇願する。しかし、ニコラの口が開くことはなく、かわりにダヴィデの自慢げな声が聞こえてきた。



「わたしの指って超キレイでしょ? だから、絶対に傷つけたくないのぉ……特に、裏切り者の処刑なんかじゃねッ!!」



 ダヴィデは思いきりゼブの後頭部、首の付け根を踏みつける。巨大な表革おもてがわのブーツがゼブの細い首筋を捉えると、首の骨は簡単に折れた。ダヴィデも部下たちも、そしてニコラも無表情で全てを見届けた。



「痛みなく死ねるんだから、超ラッキー……でも、わたしはかかとが少し減ったかも……超サッド……」



 処刑執行人はブーツの心配をしていたが、少したつとニコラへ問いかけた。



「ニコラ、ゼブのやらかした後始末はどうするの? 男娼を奪った落とし前はつけなきゃでしょ?」

「それなら……もう、クラッチ兄弟に任せてあるんだ」

「えっ!? あの二人に任せたの!?」



 ダヴィデは意外そうに目を丸くする。クラッチ兄弟という名前を毛嫌いして顔をしかめた。



「あの二人は仕事が雑だし……それに、わたしと違って女が相手だと興奮してなぶるから嫌いなの。残酷で品が無いのよ。美学を感じないわ」

「だからこそ、にはうってつけだろ?」

「こういったこと?」

だよ。相手が誰でも関係ない。僕の持ち物に手を出すヤツがどうなるか……みんなにわからせる必要がある」

「なるほどねぇ~さすがはドン・ニコラ」



 ダヴィデが感心しているとフロアの歓声がひときわ盛り上がった。気づけば、レイラの出番が終わろうとしている。ニコラはかけていた眼鏡を眉間でクイッと直した。



「……ちょっとレイラの楽屋に行ってくる」

「もう行っちゃうの? レイラも『狂信者たちの聖夜ギル・デ・バレンタイン』の幹部なのよ、こっちに呼べばいいじゃない。ドンの特権よ」

「レイラは出番が終わったばかりなんだ。そんな無粋な真似はしたくない」

「ドン・ニコラはレイラにご執心ねぇ~妬けちゃう!!」



 ダヴィデが大げさにからかうと、部下たちも含み笑いでニコラを見る。自然と、ニコラも照れ笑いを浮かべた。ニコラの姿はレイラに恋焦がれる青年そのものだった。

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