第15話 少年02

 太陽は相変わらず強く照りつけている。ネイトは石畳の道を歩いた。曲がりくねった道の先にはレイラの家がある。



──別に、俺が会いたいわけじゃねぇ。リッキーの仕事だから会いに行くんだ……。



 ネイトは何度も自分に言い聞かせた。そうでもしないと、心が挫けてしまいそうだった。ネイトの脳裏には最後に会ったときのレイラの姿がある。



『さっさと消えて。目障りなの』



 レイラはネイトを見下すように冷たい表情で言い放った。その顔が今でも忘れられない。ネイトはいつも『レイラに認められたい』と願っていた。だからこそ、『狂信者たちの聖夜ギル・デ・バレンタイン』へと入り、レイラと同じ道を歩みたかった。それなのに……。



──レイラは俺たちを捨てたんだ。



 やり場のない怒りがまだネイトのなかでくすぶっている。ネイトは複雑な感情を抱いたまま歩き続けた。やがて、大きなログハウスが見えてくると木でできた階段をのぼって呼び鈴を押した。



「はーい!!」



 ログハウスの奥から聞きなれた声がする。扉が開くと金色のポニーテールを揺らめかせてレイラが立っていた。



「ネイト……」



 レイラは少し驚いた様子だったが、表情に険しさはない。のレイラだった。



「ネイト、どうしたの?」

「……これ」



 レイラの何事もなかったような態度にネイトはホッと胸をなでおろす。それでも、魚の入った皮袋をグイッとレイラの目の前へ差し出した。



「リッキーが持っていけって……」

「……ありがとう」



 ネイトのぶっきらぼうな態度を見たレイラは口元に優しげな笑みを浮かべる。「ありがとう」と言いながら皮袋を受けとったとき、レイラの背中からセーレの明るい声が聞こえてきた。



「レイラお姉さま、フライパンをお借りしてもいいですか? ティータイムにはボクがパンケーキを……」



 セーレはレイラの隣までやってくると足をとめる。セーレと目が会ったネイトは驚きを隠せなかった。



──コイツは誰だ? 貧民街まちじゃ見かけないヤツだ……。



 ネイトは執事服の美少年を見て戸惑った。戸惑いがそのまま口調に表れる。



「……お前、誰だよ」

「ボク? ボクはセーレ。レイラお姉さまのお友達だよ」



──友達ダチだって????



 ネイトが眉を顰めていると今度はセーレが尋ねてくる。



「君は?」

「……」



 ネイトは答えなかった。それは、セーレが『お友達だよ』と答えたとき、レイラの顔が一瞬だけ気まずそうに曇ったからだった。ネイトにはその顔が『ネイトを哀れんでいる』ように見えた。



──俺たちを捨てたのに、もう新しい友達ダチができたのか。いや、富裕層の友達ダチができたから、俺たちが邪魔になったんだ……。



 ネイトはセーレを暗い眼差しで睨みつける。セーレは怯えた様子でレイラの影に隠れた。



「ボ、ボク何か悪いことしたかな……名前を聞いただけだよ……」



 レイラは困り顔をネイトへ向けた。



「ほら、ネイトもちゃんと挨拶して」

「……」



 以前のネイトなら元気よくセーレと挨拶をかわしていた。しかし、今となっては心のなかで渦巻く感情がうまく処理できない。慕っていたレイラを新参者に取られた……そう思えて仕方がなかった。やがて……。



「セーレ、レイラはお客さまの相手をしているのです。困らせてはいけないわ」



 凛とした口調とともにアリオも奥から姿をみせる。アリオはセーレの隣までくるとネイトへ向かって頭を下げた。



──!? こ、コイツは!?



 アリオの顔を見たとたんネイトの身体は強張こわばった。目の前に手配写真の女がいる。思わぬところで標的を見つけ、ネイトの心はさらに混乱した。



──な、なんでコイツがレイラのところに……。



 動揺は増すばかりでネイトの額には玉の汗が幾つも浮かび上がる。すると、レイラが心配して声をかけた。



「ネイト、大丈夫?? さっきから様子が変だよ」

「そ、そんなことねーよ!! ……じゃ、じゃあ俺はもう行くから!!」



 ネイトは捲し立てるように言うと、レイラたちへ背を向けて駆けだした。



×  ×  ×



──なんで、なんで、なんで……。



 ネイトは石畳の上を転がるようにして駆けた。



──なんで、アイツがレイラのところにいるんだよ……。



 どれだけ考えてみてもわからない。そして、逃げるようにして走り去る自分が惨めに思えて仕方がなかった。しばらく走るとネイトはぴたりと足をとめた。



──俺、逃げてばっかりだ……。

 


 ネイトは情けなかった。心のどこかでレイラに『ネイト、あのときはごめんね』と謝ってもらうことを期待していた……そんな自分が許せない。そして何より、新しい友達を得て、平然と暮らしているレイラが許せなかった。



──俺は何を期待してたんだ? レイラは俺たちを捨てたんだぞ……。



 ネイトはレイラとの絆を断ち切るようにギリッと奥歯を噛んで前を見すえた。



──レイラは俺たち貧民街を裏切ったんだ!!!!



 まだ少年のネイトにレイラの心情を思いやることはできなかった。ネイトは暗い決意を胸に再び歩き始める。その足はヴィネアを震え上がらせるギャング、『狂信者たちの聖夜ギル・デ・バレンタイン』の本拠地ネオ・カサブランへと向いていた。



×  ×  ×



「ネイト、お手柄よ!! これで『狂信者たちの聖夜ギル・デ・バレンタイン』の面子も保てるわ!! みんな、裏に車を回してちょうだい!!」

「「「わかりました!!」」」



 ネイトがアリオの居場所をダヴィデに教えるとクラブ『ネオ・カサブラン』は急に騒がしくなった。VIPルームにいた黒服たちは慌てて駆けだしてゆく。ダヴィデがソファーから立ち上がると黒服の一人が足を止めて首を傾げた。



「ダヴィデさん、どうしてレイラさんが女と一緒にいるんですかね……もしかして、俺たちを裏切っているんじゃ……」



 黒服はネイトを見下ろした。その視線は『汚い密告者ネズミ』とでも言いたげであり、さげすんでいる。ネイトが視線を避けるように俯くとダヴィデは静かに首を振った。



「めったなことを言うもんじゃないわ。レイラは『狂信者たちの聖夜ギル・デ・バレンタイン』の『冷たい死神メル・デロサ』。きっと何か考えがあるのよ……さっさと行きなさい」

「わかりました」



 黒服は一礼して去ってゆく。だが、ダヴィデも似たようなことを考えていた。



──もし、レイラが裏切っていたら面倒ね……。



 ダヴィデは呆然と立ち尽くしているネイトを見た。



「ネイト、あんたも来るのよ」

「え? 俺もですか?」



 ネイトは目を丸くしてダヴィデを見上げる。ダヴィデは口元を歪めてニヤリと笑った。



「当然でしょ。あんたはレイラの弟分。もしレイラが裏切っていたら、あんたが自分の手で始末するのよ」

「そ、そんな、俺は……」

「あんた『狂信者たちの聖夜ギル・デ・バレンタイン』に入りたいんじゃないの? もしかして、わたしに嘘を言ったのかしら?」



 ネイトは心のどこかで『自分は何もしなくていい』、『レイラが傷つくことはない』と甘く考えていた。ダヴィデはそんなネイトの心を見透かしている。懐から拳銃を取り出してネイトに渡した。



「ほら、これを使いなさい。大きくてセクシーでしょ?」

「……」



 ネイトは初めて本物の拳銃を持った。マガジン式の自動拳銃はとても冷たくて重い。



「お、俺には使えません……」



 ネイトは黒光りする銃身を見つめながら生唾を呑みこんだ。今さらながら手が震え、銃を落としそうになってしまう。震え声を聞いたダヴィデは巨体をグッと折り曲げてネイトの顔を覗きこんだ。



「あ? 使えねぇだと? 面白い冗談ねぇ……」



 ダヴィデは笑顔のままだが目は笑っていない。黒目は無感情にジィっとネイトを観察している。ネイトは背筋に悪寒が走り、無言で銃を腰の後ろにしまいこんだ。



「そう。それでいいのよ」



 ダヴィデは満足そうに頷いてネイトの頭をポンポンとなでる。



「それじゃあ、行こうかしら。女とガキを血祭りにあげるのよ!!」

「「「おう!!!!」」」



 ダヴィデがかけ声を上げると黒服たちは自動小銃やナイフをかかげる。ダヴィデたちは次々と黒塗りの車に乗りこんでレイラの家を目指した。

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