第16話 襲撃

 太陽が傾き始めるとアリオは静かに窓辺を見つめた。陽の光を浴びて海が黄金色に輝いている。アリオにとってレイラとの時間は穏やかに過ぎていった。



──『友人とは気づいたら隣にいるもの』……。



 アリオは再び姉アリアの言葉を思い出した。友人と同じ家で過ごすなんて、今まで想像すらしたことがない。レイラはアリオを『友達』と呼んでくれた。その事実

が嬉しかった。


 アリオがもの思いに沈んでいるとリビングに繋がる扉が開き、奥の部屋からレイラが出てきた。レイラは作曲していたらしく、縮こまった身体を伸ばしながら声をかけてくる。



「アリオ、今日の夕食はどうする? 外食でもしてみる?」



 レイラは壁掛け時計を見上げた。 



「ヴィネアの街中まちなかへ行ってみようよ。音楽祭は終わったけど、観光できる場所はたくさんあるよ……」

「ねえ、レイラ」



 アリオはレイラの好意に感謝しつつ、魚が入っていた皮袋を見つめた。



「よかったのですか?」

「ん? 何が?」

「さっきの少年、レイラのお友達なのではなくて?」

「ああ、ネイトのことか……」

「思い詰めているような顔をしていたわ。レイラに何かお話しがあったのではないのかしら……」

「……」



 アリオが尋ねるとレイラは少しだけ伏し目がちになった。そして、何かを言いかけたとき、家の外で車が急停車する音が聞こえた。



「!?」



 レイラが窓から確認すると黒塗りの車が数台、停まっている。物々しい雰囲気のなか、車から大柄の男が降りてくる。



──ダヴィデ?? なんでここに……。



 考える間もなく、家の呼び鈴がけたたましく鳴らされた。



「レイラさん、いますか!? ここを開けてください!!」

 


 扉越しに黒服が呼びかけてくる。焦った声色を聞いてレイラは嫌な予感を覚えた。



「今、開けるよ」



 レイラが扉を開けると数人の黒服が家のなかを覗きこんだ。



「レイラさん、クラッチ兄弟をった女と娼館から逃げ出したガキがいるって聞きました……家のなかを確認してもいいですか?」

「……」



 レイラは答えるかわりに鋭い視線を向ける。黒服たちは刺すような視線にたじろぎ、後ずさった。すると、ダヴィデが肩をすくめながら近づいてくる。



「レイラ、どんな事情があったのかは聞かないわ。おとなしく女とガキを渡してちょうだい。居るのはわかってるのよ」



 ダヴィデはサングラスを外し、腰に差したトンファーを抜く。口調は穏やかだが有無を言わせない圧力があった。



──アリオがあのクラッチ兄弟を殺した……。



 アリオにクラッチ兄弟を殺せるとはとても思えない。しかし、状況を考えると悪い予感は的中していた。


 クラッチ兄弟を殺したなら、アリオは『狂信者たちの聖夜ギル・デ・バレンタイン』の敵になる。家族ファミリーの報復はギャングにとって絶対的なおきて。『家族ファミリー友人アリオか』……レイラはいまだかつてない選択を迫られた。



×  ×  ×



「アリオが『狂信者たちの聖夜ギル・デ・バレンタイン』の敵なら、わたしが決着をつける」



 レイラはダヴィデを見上げた。目つきは鋭く、瞳の奥では闇の世界で生き抜いてきた覚悟が揺らめいている。ダヴィデは抜き放ったトンファーで自分の肩をポンポンと叩きながらレイラを見下ろした。



「ソイツはアリオって言うのね。で? どうやって決着をつけるつもり? アナタが始末するの?」

「……」



 レイラは小さく首を振った。



「アリオにはこの街を出て行ってもらう。そしてもう二度と戻って来ないようにする。それで終わりよ」 

「は?」



 ダヴィデは太い眉を顰めた。こめかみには血管が浮き出ている。



「何の寝言を言ってるの!? こっちは家族ファミリーが殺されているのよ!! キッチリらなきゃダメじゃない!! じゃないと示しがつかないわ。他の組織に舐められるのがオチよ!!」

「……だから?」



 レイラはダヴィデの剣幕を受け流すように冷たく聞き流す。予想外のできごとにダヴィデの語気はさらに強まった。



「『だから?』ってどういう意味よ!! レイラ、あなたいったいどうしちゃったの!? ピケとピトーがられてんのに何も思わないの?? おかしいわよ!!」



 納得がいかないダヴィデは唾を飛ばして捲し立てる。それでも、レイラの冷淡な口調はかわらなかった。



「あの二人は女や子供を喜んで襲うクズ。家族だと思ったことなんて一度もない」

「なんですってぇ……?」



 ダヴィデの目の色がかわり、トンファーをレイラの鼻の先へ突きつける。声も低く、凄味のあるものにかわっていた。 



「もう一度言ってみなさいよ」

「……何度でも言うわ。クラッチ兄弟はクズ中のクズ。あの二人が生きている限り『狂信者たちの聖夜ギル・デ・バレンタイン』の名声を貶めることはあっても高めることはない」

「……」

「ドン・ニコラの名前を汚す前に殺してくれた。アリオがクラッチ兄弟を殺したのなら、感謝するべきよ」

「……」



 レイラが言うことには一理ある。それに『ドン・ニコラ』の名前を出されるとダヴィデも黙るしかない。レイラはダヴィデたち一人一人を見ながら続けた。



「掟は掟。破る者は罰せられる。アリオを逃がす罪はこのレイラ・モーガンが引き受けるわ。だから、引き下がって」



 レイラの覚悟は本物だった。ダヴィデや黒服たちは戸惑い、お互いの顔を見合わせる。これ以上は『冷たい死神メル・デロサ』を怒らせることになりかねなかった。すると……。



「レイラ、よけいな仲裁は無用よ。この方たちはわたしにご用がおありなんでしょう?」



 突然、家の奥から声がしたかと思うとアリオが玄関先へ現れた。真っ赤な宮廷ドレスが揺れ、悠然とレイラやダヴィデの前を通り過ぎる。二人が呆気にとられていると、アリオは停められた車や立ち尽くす黒服たちのもとへ向かった。



「「「こ、こいつだ!!」」」



 黒服たちはアリオに面食らっていたが、我に返ると一斉に銃をかまえる。アリオは殺気立つ輪の中心へ堂々と進み、ゆっくり周囲を見回した。



「警告するわ。今すぐ銃口を下げるなら、このわたしに向けた敵意を許してさしあげます。レイラに免じてね……」



 アリオは振り向いてレイラへ微笑みかける。榛色はしばみいろの瞳は冷たく輝き、赤い口元には不敵な笑みを湛えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る