第15話 少年01

 騒々しい海鳥の鳴き声が漁船の到着を告げている。ネイトは上空で弧を描く海鳥を眺めながらひたいに浮かぶ汗をぬぐった。すぐにリッキーの怒鳴り声が聞こえてくる。



「おい、ネイト!! さぼってんじゃねーぞ!!」

「さぼってなんかいねーよ!!



 ネイトはすぐさま怒鳴り返した。ネイトは今、港で荷揚げ作業をしていた。体力を使う重労働だが稼げる金はたかが知れている。



──どれだけ頑張ったって、母さんの薬代には十分じゃない。借金が増えるだけだ。もっと、デカく稼がないとダメだ。



 魚を満載した生臭い木樽を運ぶたびに不満は強くなった。



──俺はこんなところでくすぶっているようなヤツじゃない。必ず伸し上がってやる!!



 ネイトは不満をぶつけるように台車を押した。その乱暴な仕草が気になったのか、リッキーが太い眉を顰める。



「ネイト、品物は丁寧に運べ!!」

「だから、ちゃんと運んでるだろ!! それに、こんなのどうせ魚の死骸じゃねーか!!」

「ガタガタ言うな!!」

「わかったよ、リッキー」

「……」



 リッキーにはネイトの不満がよくわかった。ネイトは『学校に行け』と言われて素直に行くような少年じゃない。ネイトにはネイトなりの野心や目標があった。



──そういや、俺にもそんな少年時代があったな……。



 そんなことを考えながらリッキーは氷バケツからガラス瓶を取り出した。中身はリンゴジュースで、猛暑と肉体労働で疲弊した身体を癒してくれる。



「ほら、今日はもう上がっていいぞ!!」



 リッキーは倉庫から出てきたネイトに冷えたガラス瓶を投げ渡した。ネイトはガラス瓶を額に当てながら少年らしい爽やかな笑みを浮かべた。



「ありがとう、リッキー」

「そうやって素直にしてりゃ、可愛げもあるってもんだがな」

「う、うるせーよ」



 ネイトは少しだけ頬を赤くした。リッキーは照れるネイトにそれとなく尋ねた。



「お前、ニコラさんの所に出入りしているんだって?」

「……リッキーには関係ないだろ」

「まあな。でも、オフクロさんにあまり心配かけるんじゃねぇ」

「だから、リッキーには関係ないって!! リッキーが稼がせてくれんのかよ……ニコラさんやダヴィデさんはいっぱいお金をくれるんだ。手柄を立てれば『狂信者たちの聖夜ギル・デ・バレンタイン』の幹部にだってなれる!!」



 ネイトは熱っぽい口調で捲し立てる。リッキーはそんなネイトを見てため息をついた。



「てめぇは何にもわかっちゃいねぇな。ギャングがガキに金を渡すのは都合よく使えるからだ。ネイト、お前は利用されているんだぞ」

「……そんなことないよ」



 ネイトは暗い眼差しでリッキーを睨みつけた。



「リッキーや貧民街のみんなだってニコラさんの世話になっているじゃないか。それなのに、ニコラさんのいないところでは悪口を言ってる。俺からすれば、リッキーたちの方が『狂信者たちの聖夜ギル・デ・バレンタイン』を都合よく使ってるように見えるよ!!」

「……」



 ネイトの言うことは当たっている。貧民街は『狂信者たちの聖夜ギル・デ・バレンタイン』というギャングの力を借りて秩序を保っていた。リッキーは何も言えずしばらく黙っていたが、やがておもむろに口を開いた。



「そうかもしれねぇな。だが、街を守っているのはレイラだ」

「……なんだよ、それ」

「お前も知ってるだろ? レイラは好きでギャングになったんじゃねぇ。街を守るため、ギャングになった。自分を犠牲にしたんだ」

「……」



 今度はネイトが黙りこむ番だった。レイラのことを誰よりも慕い、尊敬しているはずなのに、事実を受け入れたくない感情もある。それはレイラに対する少年らしい反発心はんぱつしんだった。やがて……。



「ああ、そうだ。ネイト、この魚をレイラに届けてくれ」



 リッキーは数匹の魚が入った皮袋を差し出した。ネイトはあからさまに嫌な顔をする。



「な、なんで俺が持っていかなきゃならないんだよ!!」

「そりゃ、仕事だからだ。給料分は働いてもらう」

「チッ、わかったよ……」



 ネイトが皮袋を受け取るとリッキーはにやりと笑った。



「お前、レイラと喧嘩してんだろ? 会う口実をつくってやったんだ。俺に感謝しろ」

「べ、別にありがたくも、なんともねーよ!!」

「わかった、わかった。わかったからさっさと行け」



 リッキーはネイトへ向かって手を振り、追い払う仕草をする。ネイトは不満顔のまま港をあとにした。足取りはやはり重くなる。



──リッキーのやつ、よけいなことをしてんじゃねーよ……。



 ネイトはどうしてもレイラに拒絶されたときのことを思い出してしまう。あのときのレイラの目は見下すように冷たく、感情を感じさせなかった。



──仕事だから仕方なく会うんだ……。 



 ネイトはそう自分に言い聞かせながらレイラの家へと向かった。

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