第7話 ささやかな森の憩い02

 本当は、暴れる理由なんて何でもいい。無ければそこら辺から拾ってくる。それが暗黒街を生き抜く手段であり、暴力のプロとしての定石じょうせきだった。だが、無秩序に暴れてはいても、ニコラを安く扱うヤツだけは絶対に許さない。ダヴィデはそういったたぐいの人間だった。



「侮辱には牙を剥く!! それがわたしたち『狂信者たちの聖夜ギル・デ・バレンタイン』なのよ!!」



 ダヴィデはトンファーをつかむとアブルッチの脳天めがけて振り下ろす。グシャッという押し潰される音がして、トンファーはアブルッチの頭部にめりこんだ。アブルッチは白目になり、鼻と眼のふちから血を流して崩れ落ちる。



「ダヴィデ、な、何をしているんだ!?」



 マッケインの絶叫と同時に護衛たちが銃を乱射する。その中にはアブルッチの部下もいた。乾いた銃声が『ささやかな森の憩いドルデン・パリヤ』に響き渡る。銃弾はダヴィデの胸部に命中し、ダヴィデの巨体もその場に崩れ落ちた。



「な、何なんだコイツ……」



 マッケインは倒れたダヴィデを見下ろした。すると、隣にターニャがやってくる。



「あまりにも無謀ね……おかしいわ」

「おかしい? おかしいのは今に始まったことじゃないだろ。コイツら『狂信者たちの聖夜ギル・デ・バレンタイン』は狂犬だよ」



 マッケインがハンカチで汗をふいていると、銃声を聞いた護衛たちが山荘の各地から集まってくる。



「「「ご無事ですか!!??」」」



 護衛たちは口々に安否を尋ねる。すると、ターニャが部下の一人に視線を向けた。



「ねえ、アンタたち。もしかして、みんな集まったの?」

「え? はい。そうですが……」

「……」



 ターニャは眉を顰めて庭を見回した。『ささやかな森の憩いドルデン・パリヤ』の周囲は林に囲まれている。しかし、庭だけは見晴らしがよい。ここに部下が全て集まったとなると……。



「いいまとになるじゃない」



 ターニャが呟いて間もなく、風にざわめく樹々の合間から機関銃の銃口が姿を現した。銃口は重々しい炸裂音さくれつおんとともに火を吹いた。椅子が粉々に吹き飛び、窓ガラスが割れ、地面が爆ぜる。『ささやかな森の憩いドルデン・パリヤ』の白い壁面には無数の穴が開き、部下たちはことごとくたおれた。



「う、うわぁ!!」



 マッケインは慌ててテーブルの下へ潜りこむ。一方のターニャは部下の襟首をつかみ、みずからの盾とした。そして、山荘の中へと逃げこんでゆく。線の細い体格からは想像もできない腕力と脚力だった。



「タ、ターニャ!! 待ってくれ!! 置いていかな……ヒッ!!」



 ターニャの背中へと向かって叫ぶマッケインは、銃弾が頭上を通過すると悲鳴を上げて頭を抱えた。そのまま、地面にうつ伏せになる。



「い、いったい何なんだ!! ど、どこのバカだ!! 神よ……」



 涙目になりながら普段は祈らない神へと向かって慈悲を乞う。すると、間もなくして銃声がやんだ。



──銃撃が終わった……?



 マッケインが恐る恐る顔を上げると、ダヴィデの遺体に目がとまった。



──え????



 よく見るとダヴィデの顔が笑っている。顔色も血色がよく、まるで生きているかのようだった。



「わたしは神じゃないわ」



 突然、ダヴィデはパチリとウインクをしてみせた。



「い、生きてるのか!?」

「そうよ。なかなかの演技力でしょ? 役者にでもなろうかしら……マッケイン、もう立っても大丈夫よ」



 ダヴィデは立ち上がり、土埃で汚れたスーツをはらう。その姿を見てマッケインもようやく立ち上がった。キョロキョロと周囲を警戒しながら口を開く。



「お前、撃たれたはずじゃ……い、いったいどうやって……」

「わたしの魔導武装『暴虐トンファー』はね、魔力の加護で身体を守れるの。まあ、防弾チョッキを着ているようなものよ」

「じゃ、じゃあ顔を撃たれたらどうしてたんだ?」

「うふふ。その時は、その時よ♪」



──く、狂ってやがる。平気で自分をおとりに使いやがった……。



 マッケインはこの襲撃がダヴィデたちによるものだと気づいた。だが、理由がわからない。さらなる抗争は『狂信者たちの聖夜ギル・デ・バレンタイン』も望まないはずだった。



「な、何が望みだ? 僕は殺さないのか?」

「アンタには『ビッグシックスに襲撃された』って証言してもらうの♪ 大事な生き証人よ。殺さないわ」

「バカな!! そんなデタラメ、するわけないだろ!!」

「アラ、こんな状況でも勇ましいのね♪ でも、アンタは虎の威を借りる狐。信念や美学に生きるタイプじゃないでしょ? 命惜しさにカルナン連合を裏切るわ」



 ダヴィデは笑いながらトンファーに手をかける。その姿を見たマッケインは下唇を噛んだ。まさかヴィネアの一組織にここまでする度胸と計画性があるとは思わなかった。今は『狂信者たちの聖夜ギル・デ・バレンタイン』を甘く見ていた自分を呪うしかない。



「ターニャが黙っていないぞ? ビッグシックスだってそうだ。必ず真実を訴えて報復してくる……」



 マッケインが言葉を絞り出すとダヴィデはニヤリと口元を歪めた。



「ふふっ。わたしたちギャングに真実なんて必要なの? 心配しなくても、あの女なら今ごろ『冷たい死神メル・デロサ』と出会っているはずだわ」

冷たい死神メル・デロサ……?」

「ええ、そうよ。その名の通り冷酷な死神よ。超クールな通り名でしょ♪ 」



 ダヴィデはサングラスをかけながら空を仰ぐ。そして、何かを思い出したように「あ……」と呟いた。



「『ウチの娼館で働くなら話を聞いてやる』って伝言、ターニャに伝えるのを忘れていたわ……」



 ダヴィデの独り言は『ささやかな森の憩いドルデン・パリヤ』を吹き抜ける風に紛れて消える。死体が散乱する庭には木漏れ日と静寂が戻っていた。

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