第3章 冷たい死神
第8話 輪転01
ターニャは駆けた。自慢のピンヒールも捨て去って森を駆け抜ける。その姿は俊敏な獣そのものだった。やっとの思いで森の外れまで来ると
──このわたしがサルのように森を逃げ回るだなんて……。
汗と泥まみれになった自分の姿を想像してターニャはこめかみに血管を浮かべた。美しいはずの自分が追いこまれた獣のように逃げ回る。これも全てはダヴィデ……いや『
──絶対に許さない。ビッグ
この液体は『
腕に浮かび出た血管に注射針を刺し、『
──こうなったら戦争よ!! ダヴィデにニコラ、楽しみに待ってなさい……。
ターニャは辺りに気を配りながら廃屋を出た。素足で熱い砂を踏みしめながら進んでゆく。周囲は砂ぼこりに
──!?
ターニャは視界に違和感を覚えて立ち止まった。雑草が生い茂る
──……敵ね。
直感がそう告げている。ターニャは用心深く女へ近づいた。すると、女はターニャの気配に気づいてヘッドフォンを外し、おもむろに顔を上げた。目鼻立ちのハッキリした美人で、悲しげな眼差しをしている。
「あなたは誰? もしかして、『
「……」
ターニャが尋ねると、女は答えるかわりにストンと鉄柵から飛び降りる。その手にはいつの間にか
──ダガー? ……魔導武装ね。
ターニャは身構えながら用心深く周囲を確認する。
──銃を持った部下を連れていない……コイツはバカな
奇襲を受けた今は逃げることが先決だった。ターニャは逃げる算段を考えながら続けた。
「問答無用ってわけね。それなら、戦ってあげるわ。わたしもイラついてて……ちょうど
「……」
ターニャはわざと戦闘を
──ダガーが魔導武装なら、きっと
ターニャは直線的に歩いてくる女を避け、近くの納屋へと向かって駆けだした。サルのように壁をつたって屋根へ上り、振り返って女を確認する。女は歩みを止めてこちらを見上げていた。
──パッとしない女ね。買いかぶり過ぎたかしら……。
ターニャには女の動作がボンヤリとして見えた。
──まあ、いいわ。このまま逃げ切るだけよ。
気を取り直して屋根から屋根へと跳躍する。その時だった。
──え!?
屋根へ着地しようとしたターニャは足の感覚がないことに気づいた。見ると、両足の膝から下が切断されている。
「ッッッ!!??」
何が起きたかわからないまま、ターニャは大量の血をまき散らしながら地面へと転がり落ちた。地面に叩きつけられ、激しく頭を打つ。
「わた、わたしの足……」
『
「も、もう一つは……」
ターニャは意識が混濁して敵のことを忘れている。今は自慢の美しい足を必死になって探していた。
「あ、あった……」
ターニャは細くくびれた足首をつかむと安心した顔つきになる。深いため息をつき、そのまま息絶えた。
× × ×
ターニャが女を遠距離攻撃型だと想像したことは正しい。しかし、その攻撃範囲を見誤っていた。女が逃げるターニャへ向かってダガーを振るうと、剣撃は空気を切り裂いてターニャの足を襲った。
「……」
女は無残に転がるターニャまで歩くと静かに見下ろす。おびただしい血が周辺に飛び散り、ターニャの膝下からはまだ血が噴き出ている。
「……ごめん」
女が呟くと
「レイラちゃーん!! どうだったのぉ??」
「……」
佇む女……レイラは無言でターニャへ視線を送る。遺体を見たダヴィデは思わずサングラスを外した。
「さすが『
ダヴィデは感動した様子ではしゃいでいる。上機嫌でレイラを車へ誘った。
「レイラちゃん、お疲れさま。じゃあ、イベント会場まで送るわね。ホラ、アンタたちボサッとしてないでレイラちゃんを褒めたたえなさいよ!!」
「「レ、レイラさん、素晴らしいご活躍です!!」」
ダヴィデの大声が響くと運転席と助手席に座る部下が慌てて頭を下げる。レイラは薄く微笑み返すと、後部座席に座って再びヘッドフォンをつけた。
✕ ✕ ✕
レイラは海辺にあるイベント会場へ送り届けられた。裏口から楽屋へ入るとすぐに仲間のDJたちが声をかけてくる。
「レイラさん、お疲れさまです……顔色が真っ青ですけど、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。ちょっと疲れてるだけ」
「……わかりました。みんな、レイラさんを待ってますよ!!」
「うん、わかった。今日も頑張ろうね!!」
レイラは仲間たちとハイタッチを交わしてステージへ登り、何食わぬ顔でターンテーブルを回し、鍵盤に指を走らせる。客も、仲間も……誰もレイラが先ほど殺人を犯してきたとは思っていない。
血塗られた手で奏でる音楽は美しいのか? 絶望をもたらす人間が希望を歌ったところで心に響くのか? レイラの葛藤をよそに人々は熱狂して手を叩き、足踏みをする。
こんなとき、レイラは音楽と戦闘の才能を与えた神を深く呪った。神は気まぐれに二物を与え、希望と絶望の狭間で苦悩させる。
「みんなー!! 楽しんでる!!??」
ターニャとの戦闘がまるで無かったかのように笑顔を振りまき、マイクを通して明るく呼びかける。レイラはそんな自分が狂気じみて思えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます