第7話 ささやかな森の憩い01

 ヴィネア郊外にある高級山荘『ささやかな森の憩いドルデン・パリヤ』。音楽祭の喧騒を離れた山荘の周辺には、黒塗りの高級車や豪華な馬車が何台も停められていた。



「オイ、そっちを見張れ!!」

「近隣の住人は誰も近づけるな!!」

「油断するんじゃねーぞ!!」



 銃を手にした男たちが駆けていく。炎天下だというのに誰もが黒いスーツに身を包み、緊張の面持おももちをしていた。


 やがて、木漏れ日が揺らめく林道を三人の男と一人の女が歩いてきた。四人はヴィネアの暗黒街を牛耳る顔役たちであり、物々しい警備のなかを悠然と進んでくる。海の見える庭まで来ると四人はテーブルを取り囲んで座った。



「今日は『狂信者たちの聖夜ギル・デ・バレンタイン』のために集まってくれてありがとう。感謝するわ」



 ニコニコと微笑みながら切り出したのはダヴィデだった。ダヴィデはいつものピンク色のスーツにサングラスをかけている。



「オイオイ、ダヴィデ。ニコラはどうした??」



 ダヴィデと同じ巨体の男が不満顔で辺りを見回す。男の名前はアブルッチ。グランツォ一家ファミリーの首領だった。



「何でニコラが来てねぇんだ!?」

「ニコラは音楽祭で何かと忙しいのよ。今も市内を駆け回っているわ。ごめんなさいね」

「本当か? まさか、変なことを考えてるんじゃねぇだろうな……?」



 アブルッチが不審がるのも無理はない。グランツォ一家ファミリーはニコラと抗争中だった。アブルッチはイラつきながら咥えた葉巻を何度も噛む。すると、隣に座る優男が顔をしかめた。



「アブルッチ、少しは落ち着いてくれないかな? ここは協定を結ぶ神聖な場所なんだ」



 冷静な口調の優男はマッケインという。グレーのスーツを着こなす爽やかな弁護士で、どことなく雰囲気がニコラと似ている。マッケインがたしなめるとただ一人の女であるターニャも頷いた。



「そうよ。暑苦しい言動は控えてちょうだい」



 ターニャは高身長に豊かな金髪で、パッと見は雑誌のモデルのようだった。しかし、暗黒街で伸し上がるだけあって、冷たく輝く青い瞳は生来せいらいの冷酷さを物語っている。



「余計なことばかり言うなら、喉を切り裂くわ」

「くっくっく、言うじゃねぇかターニャ。ビッグシックスの女王様は過激だなぁ。俺が礼儀ってモンを教えてやってもいいぜ。そのあと、バラしてヴィネア湾に捨ててやる」

「……下品な男だな、君は」

「さっきからテメーは何なんだ!! おいマッケイン!! カルナン連合の顧問弁護士だか何だか知らねぇが、テメーからヴィネア湾に沈めるぞ!!」

「やってみるかい? カルナン連合とビッグシックスを相手に戦争だよ?」

「……」



 カルナン連合とビッグシックスは巨大な闇組織であり、とてもじゃないが

小さなグランツォ一家ファミリーでは相手にならない。アブルッチは黙るしかなかった。



「野蛮な会話はやめにしましょ。いい景色が台無しだわ」



 ダヴィデがサングラスを外しながらつぶやいた。『ささやかな森の憩いドルデン・パリヤ』は山の中腹にあり、遠くには青々とした海とヴィネア湾が望める。ダヴィデは目を細め、愛する故郷の風景を楽しみながら立ち上がった。



「この美しいヴィネア。ここを戦場にしないために集まったのでしょう? 有意義なものにしないと、また血が流れるわ」

「チッ。だったら何でニコラが来てねぇんだ? いいか? 俺たちグランツォ一家ファミリーは負けを認めて『狂信者たちの聖夜ギル・デ・バレンタイン』の傘下に入ると言ってんだ。ニコラが来るのが筋ってモンじゃねぇか。ダヴィデ、お前みたいな三下さんしたが仕切るなんてどういった了見りょうけんだ?」



 アブルッチが舌打ちする隣でマッケインも身を乗り出した。



「まあ、今回のグランツォ一家ファミリーとの揉め事もそうですが……」



 マッケインはテーブルに両肘をついて手を組み、その上に顎を乗せる。鋭い目つきでダヴィデを見上げた。



「近頃の『狂信者たちの聖夜ギル・デ・バレンタイン』は目に余ります。誰彼かまわず戦争を吹っかけている。カルナン連合は度重なる抗争を心配しています。このまま争いごとが続くようなら、武力介入も辞さない。それがカルナン連合の見解です」

「わたしたちビッグシックスも同じね……」



 ターニャもマッケインに同調している。『狂信者たちの聖夜ギル・デ・バレンタイン』の無軌道むきどうな暴れっぷりは暗黒街でも問題になっていた。



「わたしたちは戦争を恐れない。それはニコラも同じでしょうけど……」



 ターニャはすらりと伸びた脚を組みかえながらタバコを取り出す。すると、すかさず後ろに控えていた護衛が火をつけた。



「これ以上の火種はビジネスに悪影響が出るわ。この辺でお互い矛を収めましょう。もちろん、タダとは言わないわ。マッケインとも話したのだけれど、『狂信者たちの聖夜ギル・デ・バレンタイン』をカルナン連合かビッグシックスに迎え入れるわ」



 ターニャが灰色の煙を吐くの同時にアブルッチが目を丸くした。



「す、すげぇ!! 新参者のくせして、に入れるのかよ!?」



 組合とは暗黒街の組織が組む連合のことだった。お互いを監視し、牽制し合うことで秩序を保っている。もちろんその見返りは大きく、賭博、売春、ドラッグ……様々な裏ビジネスで便宜べんぎはかってもらえた。カルナン連合やビッグシックスは巨大な組合であり、簡単には入れなかった。



「わたしたちビッグシックスへ入れば、すぐにでもニコラはわたしと同格よ。その場合、ビッグセブンとでも名前が変わるのかしらね」



 ターニャが不敵な笑みを浮かべるとマッケインが肩をすくませる。



「我々カルナン連合だってそれなりに幹部の席を用意してるよ。あとはニコラが決めることだ……まあ、『狂信者たちの聖夜ギル・デ・バレンタイン』はあまりにも凶暴過ぎる。引くということを知らない。普通、そんな跳ねっ返りはすぐに粛清されるか、野垂れ死にするものだ。その前に拾ってもらえるなんて、素晴らしいことだよ」

「すげぇ、すげぇ!! おいダヴィデ、よかったじゃねぇか!! 早くニコラに伝えろ!! あ、俺たちグランツォ一家ファミリーのことも忘れんなよ!!」



 アブルッチは自分のことのように喜び、立ち上がってダヴィデの肩を叩いた。しかし、ダヴィデに嬉しそうな素振そぶりはない。それどころか、顔を真っ赤にして肩を震わせていた。



「野蛮な話し合いは嫌いだって言ってるじゃない……」

「あ?」



 アブルッチはわけがわからず、首をかしげた。マッケインやターニャも眉をひそめ、ダヴィデをいぶかしがっている。やがて、ダヴィデは声までも震わせてアブルッチを睨みつけた。



「ニコラ、ニコラって馴れ馴れしいのよ。敬意を感じないわ……お前ら、身内でもねぇのに気安く呼び捨てにしてんじゃねぇ!!!!」



 ダヴィデは怒声とともに腰のトンファーへ手をかけた。

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