第6話 戦場を知る者03

「あなたは弱い者を襲い、強い者からは逃げる。人は卑劣だと言うかもしれないけれど、それなりに正しい生き方よ」

「……え?」

……ね」

「うぅ……」



 ピトーは相変わらず動けない。アリオは目の前で淡々と語りかけた。



「でも、理不尽に人を襲うなら、理不尽に命を奪われる覚悟もしておいででしょう?」



 冷たい声とともにアリオの手がピトーのひたいへかざされる。次の瞬間、ピトーは身体の内側に違和感を覚えた。違和感はすぐに激烈な痛みへと変わる。



「が、が……」



 ピトーは胸や喉を掻きむしった。トレンチコートを脱ぎ捨てて転げまわる。やがて、口や鼻からは煙が出始めた。アリオはピトーの内臓へと向かって火炎で呪縛する魔法を放っていた。



「あなたには言伝ことづてを頼みたいの。だから、は燃やさないわ」

「ぐ、ぶ……」



 悲鳴すら許されない。ピトーは顔を真っ赤に膨らませ、目を血走らせてアリオを見上げた。アリオは少し身をかがめてピトーの瞳を覗きこむ。



「『世界時計エディンの欠片』を持つ者よ。雷雨の夜の来訪者よ。わたしは今から貴方あなたに会いに行く。貴方もわたしを探し出せ」



 薄い桜色の唇で囁かれる言葉は、静かだが凛として響く。口ぶりもピトーではなく他の誰かへ向けたもののようだった。



「さようなら」

「……」



 ピトーは顔を苦悶に歪め、口から煙を吐き出しながらアリオへと手を伸ばす。しかし、その手は虚空をつかみ、力なく落下する。ピトーはアリオの榛色はしばみいろの瞳を見つめながら息絶えた。



「さすがだね~♪」



 全てが終わるとアリオの頭上から拍手が聞こえてくる。見上げるとセーレが大喜びで手を叩いていた。



「内臓を燃やすなんて、悪魔も顔を背けるよ♪」

「笑って見てるじゃない……」

「久しぶりに珍しい魔法を見たからね、嬉しくてつい。……でも、どうするの? 音楽祭を血で汚したくないんでしょ? 血が出てないからいいの?」 



 セーレはピトーの死体を眺めながらニヤニヤと意味深に笑う。アリオはため息をついて日傘を肩にかけた。



「セーレ、お願い」

「え? ボクは嫌だよ。悪魔の世界は契約社会なんだから。タダ働きは嫌」

「今度、またシフォンケーキをご馳走するわ」

「……」



 アリオが語りかけてもセーレはツンとした態度でそっぽを向く。アリオは仕方なく条件を追加した。



「わかったわ。チーズケーキとシナモンクッキーもご馳走する」



 大好物が二つも追加されると、セーレは思わず鍵状の尻尾をピョコッと覗かせる。



「じゃあ、契約成立だね♪ ボクが『ネオ・カサブラン』まで運んであげる♪」

「本当に、調子がいいんだから……」

「アリオ、約束は守ってよ♪」



 セーレはアリオの隣へ飛び降りると、指をパチンと鳴らした。とたんに、ピトーの死体が掻き消える。無尽蔵の魔力に物を言わせる物体転移魔法だった。


  

「きっと、派手なお祭り騒ぎになるね♪」



 八重歯を見せながら笑うと、セーレも忽然と姿を消した。

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