「そこでずっと震えているつもり？」

　アリオが声をかけても少年はまだ恐怖に慄（おのの）いている。アリオは少し呆れたようにため息をついた。

「いつまでそんな演技をしているの……セーレ」

「アレ？　やっぱり気づいてた？」

　アリオが親しげに名前を呼ぶと、とたんに少年は口元に笑みを浮かべた。そして、まだ幼さの残る顔をアリオへ思いきり近づける。

「アリオ、助けてくれてありがとう。お礼に一晩くらいなら付き合ってあげてもいいよ♪」

「な、何を言ってるの！？　ふざけないで！！」

　アリオはガラリと変わったセーレの態度に戸惑いを隠せない。耳まで赤らめて、ぶっきらぼうに言い放つ。セーレはそんなアリオが面白いらしく、微笑みを絶やさなかった。

「ボクはふざけてなんかいないよ？」

「そんな格好までして……ふざけてるでしょ」

「あはは。これ、可愛いでしょ♪」

　セーレはその場でクルリと一回転してみせた。軽やかなステップに合わせて、フィッシュテールのスカートが宙を舞う。

「この姿、気に入っているんだ♪」

「いいから、もう部屋に入って！！」

　アリオは、はしゃぐセーレを強引に部屋へ引き入れる。セーレはつまらなそうに欠伸をしながら部屋を見渡した。

「せっかく、張り切って可愛い格好をしたのになぁ……ねぇ、もう元の姿に戻ってもいい？」

「勝手に戻ればいいじゃない」

　セーレに振り回されて疲れたのか、アリオが呆れ気味に答えるとセーレは首に付けられた枷（かせ）をまるで紙細工のように引き千切った。次の瞬間には部屋全体がガタガタと揺れて軋（きし）む。

　やがて、アリオの目の前には漆黒の翼と鋭い角（つの）を額（ひたい）から生やした悪魔が現れた。しかし、人々が恐怖する悪魔が現れても、アリオに恐れる気配はない。それどころか、無邪気に微笑む悪魔の頭を優しくなでた。

「その姿が一番、セーレらしいよ」

「アリオ、本当？　本気で言ってる？　ボク、とっても嬉しいよ！！」

　悪魔は赤い目をキラキラと輝かせてアリオを見上げた。彼の名前はセーレ・アデュキュリウス・ジュニア。ゼブが説明した通り貴族だが、貴族は貴族でも魔界の貴族。魔族の御曹司だった。人間では計り知れない力を持ち、まるで影のようにアリオへよりそっている。今は自分の正体を隠してヴィネアへ潜りこんでいた。

「ねぇ、アリオ……」

　セーレはアリオへ語りかけながらテラスの方を向いた。

「この街には不自然に滞留する黒いオーラがある。渦巻くオーラの中心は……さっきの奴が言ってたドン・ニコラが仕切るクラブ、『ネオ・カサブラン』」

「へぇ～クラブだなんて素敵じゃない。音楽は嫌いじゃないわ」

　アリオが面白そうに微笑むとセーレもつられて口の端を上げた。

「『世界時計（エディン）の欠片』を集めるボクたちは、それを取り巻く事象に必ず巻きこまれる……アリオ、今度の相手は街を支配するギャングだよ。面白くなってきたね♪」

　楽しそうに語るセーレの微笑には嗜虐性が秘められている。ぞっとするほど美しいが、微笑みからは悪魔特有の狂気が滲み出ていた。

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。（ログインが必要です）

新規登録で充実の読書を

マイページ: 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる; 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める; フォローしたユーザーの活動を追える
通知: 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴: 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい