第5章 それぞれの絆

第13話 友達

「レイラお姉さま、おっはよー♪」



 朝陽の差しこむリビングにセーレの明るい声が響く。レイラはドアノブに手をかけたまま目を見張った。テーブルには焼きたてのパンケーキが置かれ、甘い香りが漂っている。



「どうしたの? これ……」

「ボクが作ったんだよ。レシピは秘密♪」



 レイラが戸惑っているとアリオもキッチンから顔を出した。



「ごめんなさい。無礼とは思ったのですけれど、セーレがどうしてもと言うので……勝手に台所をお借りしたわ」

「ちょっとアリオお嬢さま、ボクのせいなのですか!?」

「だって、そうじゃない」

「むぅ……」

「セーレ、朝から膨れないで」



 セーレが頬を膨らませてもアリオはつれない態度でティーセットを用意する。二人のやり取りは貴族の主従というより親しい友人同士だった。思わず、レイラは口元をクスクスとほころばせる。



「二人ともありがとう。すごく嬉しいよ!!」



 いつもは一人で寂しかった朝食も今日は華やいで見える。レイラは上機嫌で席についた。やがて、食事が始まると三人は古い友人でもあるかのように語り合う。自然と話題はアリオとセーレの『旅の目的』になった。



「じゃあ、アリオは双子のお姉さんを探しているの?」

「ええ、そうなるわ」



 アリオは短く答えてティーカップを口へ運ぶ。すると、その隣でセーレが続きを説明する。



「アリオお嬢さまの姉君、お嬢さまは高名な宮廷魔術師でした。でも、とある事情からお姿をお隠しになったのです」

「事情?」

「……それは」



 セーレはチラリとアリオへ視線を送り、「話してもいいですか?」と許可を求める。アリオはティーカップを置いてセーレのかわりに語り始めた。



「わたしの故郷、フェルヘイム帝国では宮廷魔術師が国の祭祀さいしつかさどるの。宮廷魔術師は国家機密に触れる機会も多くなる。アリアお姉さまは『見てはいけないもの、知ってはいけないこと』に触れてしまった……だから、消えたのよ」

「そ、そうなの!?」



 姉の失踪に国家が関わっている……すぐには信じられないような話だった。レイラが驚くとセーレが慌ててつけ加える。



「きっと、アリアお嬢さまはボクやアリオお嬢さまに害が及ぶのを心配して姿をお隠しになったのです。そうですよね? アリオお嬢さま……?」



 セーレは恐る恐るアリオの顔を覗きこむ。すると、アリオは苦笑しながら「そうね」と答えて窓辺へ視線を移した。



「お姉さまはわたしたちを想い、気づかってくださった。だから、今度はわたしたちがお姉さまを見つけだす。そのためならどんな苦難もいとわないわ。世界の果てだって越えてみせる」



 アリオの口ぶりは大仰だが、それだけ『アリアが大切な存在だ』ということが伝わってくる。レイラはアリオとセーレの長い旅路に想いを馳せた。二人がアリアと再会できることを願わずにはいられない。



「大切な人と会えない辛さはわたしにもわかる……早く再会できるといいね」

「……」



 今度はアリオが驚く番だった。大抵の場合、アリアの話を聞いた相手は「大げさだ」と言って信じない。それが、レイラは話を聞くどころか親身になってくれている。



「わたしにできることがあるなら、何でも言って」

「……どうしてそこまで仰ってくださるのですか?」

「それはアリオが……と、友達だから……」

「友達……」



 レイラがぎこちない口調で言うとアリオはキョトンとした表情になり、一瞬だけ言葉の意味を考えた。その顔を見てレイラが慌てふためく。



「べ、別に深い意味はないよ。友情を押しつけるつもりだってない……って、わたしは何を言ってるんだろ……」



 照れくさいのかレイラは顔を真っ赤にしている。すると、アリオが急に椅子から立ち上がった。ドレスのスカートを両手でつまみ、片足を引く。これはフェルヘイム帝国式の儀礼だが、レイラは知るよしもなかった。



「友達だと仰ってくださり、光栄ですわ。あなたの友情に感謝いたします。ありがとうレイラ」

「そう畏まられると困るな……」



 レイラはまだ照れている様子だった。すると、セーレも勢いよく立ち上がる。



「ねえ、レイラ。ボクは!? ボクもお友達ですか??」

「も、もちろん!! セーレもお友達だよ!!」

「やったー!! アリオお嬢さま、ボクもレイラお姉さまのお友達です♪」



 セーレはパンケーキを刺したフォークを手に持った。そして、八重歯を見せながらニコニコと上機嫌でかかげる。



「それでは、友情の証にパンケーキを食べましょう!!」

「セーレ、はしたないですよ。ちゃんと座りなさい」



 セーレをたしなめるアリオの口元も心なしかほころんでいた。



×  ×  ×



──わたしに友人ができるなんて……。



 レイラにとってアリオは暗闇に差しこむ一筋の光そのものだった。暗黒街で生きる刹那的な日々が少しだけ穏やかなものへと変わった気がする。



──アリオと出会えてよかった……。



 そう思うだけで世界が明るく華やいだ。音楽祭の最終日、レイラのDJパフォーマンスは心情を表すかのように華やかで情熱的なものとなった。



「みんな、ありがとう!!」



 パフォーマンスを終えると万雷の拍手が沸き起こる。レイラは満足げに微笑んで最後の舞台を下りた。すると、舞台のそでに珍しくダヴィデが立っている。いつものようにピンク色のスーツを着て、大きめのサングラスをかけていた。



「レイラちゃ~ん。お疲れさまぁ~♪」



 ダヴィデは拍手をしながら妙に間延びした声で話しかけてくる。



「ねぇねぇ、クラッチ兄弟がヤられたわ」

「えっ!?」

「ニコラがね、『レイラのプレイが終わるまで知らせるな』って言うから黙ってたのよ」

「……ビッグシックス? カルナン連合? それとも、グランツォ一家ファミリーの生き残り?」



 レイラの目つきが鋭くなる。クラッチ兄弟は残虐で陰湿。あまり好きになれなかったが、『狂信者たちの聖夜ギル・デ・バレンタイン』の家族ファミリーであることにかわりはない。



「いいえ。どちらでもないわ……」



 ダヴィデはサングラスを外して小さくため息をついた。



「『死者の記憶マルト・メモリア』を見た限りだと、ヤったのは真っ赤なドレスを着た貴族の小娘。それに、男娼の少年もグルね。二人ともヴィネアの人間じゃないわ……」



 ダヴィデが知っていることを伝えるとレイラの表情が曇る。



──真っ赤なドレスを着た貴族と少年……。



 レイラはアリオとセーレの顔を思い浮かべた。しかし、



──そんなわけがない。あの二人にクラッチ兄弟を殺せるはずがない。



 と、すぐに疑念をねじ伏せる。アリオとセーレは一見すると可憐な貴族主従。殺伐とした暗黒街とは無縁に思えた。



──でも……。



 戦闘の熟達者であるレイラはアリオとセーレからただならぬ雰囲気を感じていた。それに、二人はヴィネアの外からやってきた。状況を考えてみると、なんとも言えない不安がレイラの脳裏にこびりついた。



「ねえ、レイラ? どうしたの?」



 考えこむレイラを見てダヴィデが声をかける。レイラは慌てて首を振った。



「え!? な、なんでもない。最近、立てこんでいたから……」

「うふふ。レイラは疲れているのよ。無理もないわ……音楽祭で忙しいのにターニャまで始末したのですもの」



 ダヴィデはレイラをいたわるように微笑んだ。そして、サングラスをかけ直してレイラの肩を叩く。



「クラッチ兄弟の件はわたしたちに任せてちょうだい。兵隊たちに探させているから、いずれ見つかるわ。レイラは休んでて」

「……うん。ありがとう、ダヴィデ」

「いいのよ。あなたは『狂信者たちの聖夜ギル・デ・バレンタイン』の『冷たい死神メルデ・ロサ』。きたるべき戦争のために、ゆっくり休んで英気えいきを養ってちょうだい♪」

「……ええ」



 家族ファミリーの血が流れたなら、必ず報復しなければならない。それは暗黒街における絶対的な掟だった。



──もし、クラッチ兄弟を殺したのがアリオだったら……。



 レイラは一抹の不安を抱えながらダヴィデの背中を見送った。

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