最終話 鎮魂

 レイラとニコラが死んでから数日がたった。ヴィネアの陽射しは依然として強く、真夏の様相をていしている。アリオとセーレはヴィネア湾の海岸線を歩いていた。道すがらすれ違う貧民街の住人たちに元気がないのは、希望の星であったレイラが無残な最期を遂げたからだろう。



「なんだか、終わってみるとあっけないね」


 

 セーレはニコラが持っていた翡翠髑髏ジェイド・スカルを空中へ投げる。そして、つまらなそうに再び捕った。セーレにしてみれば『世界時計エディンの欠片』もボールとかわらないらしい。アリオは呆れ気味に小さくため息をついた。



「セーレ、それは玩具ではないのよ」

「わかってる。も同じことを言っていたからね」



 セーレがアリアの名前を出すとアリオは歩みを止める。セーレはアリオへ振り返りながら続けた。



「アリアは『世界時計エディンの欠片』を壊すために魔銃ブルトガングを創った。でも、アリオは『世界時計エディンの欠片』の持ち主を壊す。コレを手に入れるためにね」



 セーレは翡翠髑髏ジェイド・スカルをつまんでかかげた。



「アリアも複雑な気持ちだと思うよ。アリオは本当にそれでいいの?」



 セーレの口調はどこか寂しげで、魔銃ブルトガングをアリオへ渡した張本人とは思えない。アリオはセーレの質問に答えず、再び歩き始めた。



「無くさないように気をつけて。先を急ぎましょう」



 アリオは右手に黒い日傘を持ち、左手には赤い薔薇の花束を持っている。赤い薔薇は13本であり、かつてネイトやニコラが買った高級花屋のラベルが貼ってあった。



「畏まりました。アリオお嬢さま」



 セーレは礼儀正しい少年執事に戻っていた。翡翠髑髏ジェイド・スカルを胸ポケットにしまいこみ、防波堤を下りて砂浜へ向かう。アリオがその後ろに続くと、二人の横を子供たちが駆け抜けていった。子供たちの歓声が遠くなると砂浜は急に静かになり、さざ波の音だけが繰り返し聞こえてくる。


 そこはレイラと一緒に遊んだ場所だった。アリオは静寂が支配する砂浜を見渡した。降りそそぐ陽射しに輝く海と黄色い砂。風景は以前とまったく同じで、振り返るとレイラが立っているように思えた。



「心からの敬意と友情をこめて。レイラ・モーガンに鎮魂を……」



 アリオは薄い唇を動かすと花束を海へ投げ入れる。赤い薔薇の花束は波間に揺れながら遠くなり、やがて見えなくなるとアリオは振り向いて歩き始める。榛色はしばみいろの瞳は悲しみと決別し、ただ前だけを見つめていた。

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