第6話 戦場を知る者01

──やっぱり、変だ。



 アリオとセーレを尾行するピトーは異変に気づいた。それは犯罪者としての嗅覚が告げる直感的なものだった。前方を見つめたまま、隣を歩くピケに尋ねる。



「おい、ピケ。あいつらは新参者だってゼブが言ってたよな?」

「そうだよ、兄ちゃん。男は貴族の息子だかで、女は音楽祭に来た旅行者だって」

「そうだったよな……」


──だったら、ヴィネアに詳しくないはずだ。だが……。



 ピトーは目を細めてアリオとセーレの背中を追った。二人は音楽祭で賑わう大通りから小路へ進んでいく。音楽祭や観光を楽しむという様子がまったくない。



──俺たちの尾行に気づいていやがるのか……。



 ピトーが歩く速度を緩めるとピケが呆れて頭を掻いた。



「アレ、アレ、アレ? 兄ちゃん、どうしたの? ビビってるの?」

「そうじゃねぇ。あいつら人気のない方へ、ない方へと歩いて行きやがる。まるで、俺たちを誘っているみたいだ」

「じゃあ、好都合じゃん!! さっさとバラして『狂信者たちの聖夜ギル・デ・バレンタイン』の幹部になろうよ!!」



 アリオとセーレが寂れた小路こみちに入るとピケは小走りで後を追った。



「バカヤロウ、焦ってんじゃねぇ!!」



 ピトーは慌ててピケを追いかける。小路への角を曲がると、そこには呆然と立ち尽くすピケの姿があった。クラッチ兄弟の前ではアリオが前を向いたまま、黒い日傘を差して立っている。しかし、少年の姿が忽然と消えていた。



「ピケ、小僧はどうした!?」

「し、知らないよ。兄ちゃん、角を曲がったら消えてたんだ……」

「消えただと!?」


 

 ピトーが驚くとアリオがゆっくりとこちらへ振り返る。豊かな栗色の髪と真紅のドレス。その姿は可愛らしいアンティークドールを連想させるが、榛色はしばみいろの瞳は見るものすべてを凍らせてしまうほど冷たく輝いていた。



「わたくしに何か御用かしら?」



 静かだがよく通る声だった。ピトーとピケはギクリとして顔を見合わせる。アリオは二人を見つめながら作り笑いで語りかけた。



「血の匂いをさせて、品性を感じないわね……あいにく、暑苦しいゲスにかまっている暇はないの」



 アリオは整った眉を寄せて嫌悪感を示す。とたんに、ピケの顔が真っ赤になった。



「ショ、しょ、初対面なのにバカにしたな。女のくせに礼儀ってもんを知らねぇ!! 女はなぁ、礼儀正しく男に仕えるもんなんだぞ!!」



 女や子供を「自分より弱い生き物」と決めつけ、見下してきたピケはアリオの言い草に激怒した。何度も地面を踏みつけて悔しがり、トレンチコートのボタンを外して前を広げる。コートの内側には理髪店で使われる大きめのカミソリが何本も留められていた。



「オ、俺が礼儀ってモンを教えてやる!!」



 ピケはカミソリを取り出して刃を剥き出しにした。銀色のやいばが日の光にキラキラと煌めく。しかし、アリオは恐れるどころか面白そうにクスクスと笑っていた。



「礼儀を語る前にそのカミソリで汚い髪と髭を何とかしたらどうなの?」



 見下すような口調を聞いてピケは怒声を張り上げた。



「も、も、もう許さねぇぞ。ギャーギャー泣きわめくのが女の仕事だろうが!! テメーのはらわたで縄跳びかましてやる!!」

「待てッ!! ピケ、落ち着くんだ!!」



 ピトーの制止も聞こえない。怒りで自分を見失ったピケは思いきり地面を蹴って跳躍し、アリオへ躍りかかった。

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