第14話 襲撃05

──アリオもわたしと同じ……



 レイラはアリオを見て素直にそう思った。『わたしを殺すのですか?』という言葉の裏には、『あなたにわたしは殺せない』という強者のみに許された絶対的な自負心がある。



──多分、わたしとアリオではくぐった修羅場の数が違う。



 ダガーを握る手がいつしか緊張と恐怖で汗ばんでいる。それでもアリオへダガーを向けるのは脳裏をよぎる面影、ニコラ・サリンジャーのためだった。



──もし、ニコラが滅ぶなら、破滅はアリオが運んでくる。



 皮肉なことにレイラはダヴィデと同じ結論を抱いていた。『狂信者たちの聖夜ギル・デ・バレンタイン』とは縁を切ったはずなのに、ニコラのことを考えると胸が苦しくなり、不安が加速してゆく。



「アリオ、あなたとは戦いたくないの。だから、おとなしく街を出て行って」

「……」



 レイラが精一杯に告げるとアリオは少しだけ眉をよせて黙りこむ。すると、二人の上空から無邪気に笑う声が聞こえてきた。声の主はセーレだった。



「アハハ、街を出て行くのはレイラお姉さまの方でしょ。実力差は明らかなんだから、無謀な戦いは避けた方が賢明だよ」



 セーレは黒い翼を広げ、月光を背にして宙に浮いている。目は赤く輝き、さっきまでの無邪気な少年従者とは別人だった。



──セ、セーレは悪魔なの??



 レイラはセーレの禍々しい雰囲気に息を呑んだ。悪魔はよほどのことがない限り人前へ姿を現さない。今では伝説上の存在として語られることの方が多かった。レイラが動揺して後ずさりするとセーレはニヤリと八重歯を覗かせる。

 


「ネイトも死んで、ダヴィデも死んだ。レイラお姉さまがこの街に囚われる理由はもうないでしょ? レイラお姉さまには恩義があるから教えるけど……」



 セーレは横目でちらりとアリオを確認しながら続けた。



「間もなくアリオ・トーマ・クルスが『ネオ・カサブラン』を蹂躙する。『狂信者たちの聖夜ギル・デ・バレンタイン』は壊滅してニコラ・サリンジャーは死ぬ。これは変えることのできない未来だよ♪」



 セーレはそう宣言すると右手をサッと振り下ろした。とたんに、アリオの目の前の空間が歪む。次の瞬間には黒光りする石でできた3メートルほどの門が、地面から生えてくるように出現した。門を囲む石には苦悶で歪む人間の顔がいくつも彫りこまれてある。アリオは門の前までくるとレイラを見ないようにしながら口を開いた。

 


「レイラ・モーガン。あなたの好意と友情にはわたしも感謝しています。どうか、無用の争いは避けてください……」



 アリオはレイラを友人だと思っている。助言はアリオなりの優しさ、配慮だった。アリオが門をくぐると姿は一瞬でかき消えた。



「ア、アリオ!!」



 レイラは慌ててアリオの名前を呼ぶが、そこには誰もいない。あまりにも呆気ない別れだった。少したつと再び頭上からセーレの声が聞こえてくる。



「あの門はこの世界と魔界をつなぐ『幻界げんかいの門』。次にアリオが門をくぐるなら、そのときは『世界時計エディンの欠片』を奪う戦乙女ワルキューレになっている。立ちふさがると命がなくなるからね……」



 セーレは微笑みを絶やさなかったが、『命がなくなるからね』という言葉だけはどこか寂しそうに告げた。警告がすむと夜空に漆黒の翼を広げる。飛び去ろうとしたときレイラが呼びとめた。



「ねぇ、セーレ!!」

「?」

「一つだけ教えて……なんであなたとアリオはわたしの前に現れたの?」



 レイラはアリオやセーレとの出会いに運命的なものを感じていた。それが、二人の本当の姿を知った今は意図的なものに思えてしまう。『今さら消えるのなら、どうして現れた?』という悔しさや悲しみが入りまじって言葉になった。



「それは……」



 セーレは少し思案顔になっていたが、やがて再び八重歯を覗かせる。口元の微笑は消えて口調もいつになく真剣だった。



「それは多分、ボクたちとレイラお姉さまが似た者同士だからじゃないかな。どちらも大切な人を亡くして、過去に執着しながら生きている……執着の仕方が尋常じゃないから惹かれ合った。るいもって集まるようにね」



 セーレはふと、思いついたように夜空を仰いだ。そして、星空を見つめながら赤い目を細めた。



「もし、運命の女神がいるなら、ボクはレイラお姉さまと出会えたことに感謝するよ。悪魔のボクが女神を称えるなんておかしなことかもしれないけど♪」



 セーレはいつもの口調に戻ると黒い翼を思いきり広げる。ただ、赤い瞳だけは別れを惜しむようにレイラを見下ろしていた。



「そろそろ行きますね。パウンドケーキとても美味しかったです。ごちそうさまでした♪」



 セーレが翼をはためかせると突風が巻き起こる。レイラは一瞬だけ手をかざしたが、再び上空を見上げてもセーレの姿はなかった。



──二人とも、勝手すぎだよ。でも……。



 レイラはダガーを腰の鞘へ戻しながら下唇を噛んだ。アリオやセーレと過ごしたのは束の間の出来事。いつか、アリオに作曲した音楽を聴いてもらいたい……そんな願いは虚しく消え去った。それどころか、このままニコラと一緒にいればアリオと戦うことになるだろう。



──これは幸せなことかもしれない……。



 レイラは転がるダヴィデやネイトの死体を見渡した。誰も彼もが無残な死を遂げている。今さら自分だけが生き残るなんて、あまりにも都合がいい。



──わたしはニコラと一緒に最期を迎える……終焉をもたらすならのがアリオなら、それはきっと幸せなことなんだ。



 ニコラは逃げずにアリオと激突するだろう。そして、セーレの言う通り敗れて死ぬだろう。そう確信できるからこそ、レイラはニコラと一緒にいることを望んだ。今となってはニコラ・サリンジャーへの想いだけがレイラを生かす原動力だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る