第4話 花束02

 いつだって暗黒街の人間はお金と快楽、そして甘美な言葉で少年たちを誘惑する。それは自分たちにとって都合のよい人間を獲得、育成するためでり、そのことを痛いほど知っているレイラはネイトたちの目の輝きに危険を感じた。


 レイラはネイトたちに『狂信者たちの聖夜ギル・デ・バレンタイン』へ入って欲しくない。もっと言えば、ニコラとも接点を持って欲しくなかった。ネイトたちにはまっとうな人生を歩んで欲しいと切実に願っている。そうでなければ、なぜ自分が『狂信者たちの聖夜ギル・デ・バレンタイン』へ入ったのかわからなくなる。



「さっさと消えて。目障りなの」



 レイラはネイトたちを強く拒絶することで彼らをこの場から遠ざけようとした。



「なんだよ、ソレ……」



 ネイトは両手をギュッと握りしめてレイラを睨んだ。ずっと慕ってきたレイラに裏切られたようで、心の底から怒りが湧いてくる。自然と乱暴な言葉づかいになった。



「クソが。レイラ、もうの世話にはならねぇよ。おいみんな、行こうぜ!!」



 吐き捨てるように言うと、ネイトはニコラに黙礼し、みんなを引きつれて裏路地から去っていった。13歳の子供だけは名残惜しそうに何度も振り返っていたが、やがてみんなを追いかけて夜の闇に消えてゆく。



──みんな……。



 どれだけ「待って!!」と叫びたかったか……レイラはそのたびに下唇を噛んで言葉をみこんだ。



×  ×  ×



「君は優しいね……」



 辺りが静かになるとニコラがレイラの隣に立った。ニコラはレイラの足元に転がる花束へ視線を落とす。



「優しいけれど、不器用だ。他にもやり方があっただろうに……」

「な、なんのこと?」



 ニコラはレイラの真意に気づいているのだろうか? レイラは動揺を押し殺してニコラを見つめた。ニコラは相変わらず口元に笑みをたたえているが、踏みつけられた花束を見る目はどこか寂しそうだった。 



「真意が必ず伝わるとは限らない。ましてや、彼らは『なぜ自分たちの街が突然平和になったのか?』なんて考えもしない。漠然と『狂信者たちの聖夜ギル・デ・バレンタインが守ってくれている』と結論付けるだけだ。本当は……の上に成り立っている平和なのにね……」



 ニコラは他人事のように呟くと眼鏡をかけ直してレイラの方を向く。視線が合うとレイラは思わず俯いた。ニコラに見つめられると心の中を見透かされるようで怖くなる。緊張しているといつも通り優しげな声が聞こえてきた。



「僕の正体を彼らに明かしたこと、別に咎めはしない」

「あ、ありがとうございます、ドン・ニコラ」

「……」



 ニコラは畏まるレイラの髪にそっと手を伸ばした。そして、感触を確かめるように指先をサラサラとした前髪へ絡ませる。レイラは思わず身体をビクッと強張こわばらせた。すると、その反応を見たニコラが面白そうにクスクスと笑う。



「僕は君にとって最大の理解者であり、支援者だ。君の望まない形であっても、それは変わらない」

「はい……」



 ニコラの冷たく筋張った手がレイラの頬から顎へと移る。レイラはされるがまま、ゆっくりと顔を上げた。やがて、ニコラがおもむろに唇を重ねてくる。ニコラの体温を感じてレイラは瞼を閉じた。



──ああ、この人も不器用なんだ……。



 レイラはニコラから僅かに残された人間味を感じて複雑な心情になった。しかし、それも一瞬のことで、唇が離れるとすぐにニコラが囁きかけてくる。



「もうすぐ……」

「え?」

「もうすぐヴィネアの全てが手に入る。そうなったら、次は王都だ。王都に『ネオ・カサブラン』をかまえて、君を音楽界どころか、社交界の寵児にしてみせる」

「……」



 ニコラの目は見たこともないほど輝いていた。嬉々とした表情は「君も嬉しいだろ?」と言っている。レイラは戸惑った。彼の言動は常に交換条件となっている。



「だから、レイラ。今度の戦争は君も家族ファミリーのために協力してくれ」

「……はい」



 『家族ファミリー』とは都合のよい言葉だった。解釈する人間によっていくらでも意味が変わる。レイラは知っていた……。


 ニコラはレイラやダヴィデ……『狂信者たちの聖夜ギル・デ・バレンタイン』を家族ファミリーだとは思っていない。ニコラにとって家族ファミリーとは『欲しいものを手に入れるための道具』のことだった。



──そうと知ってて付き合うわたしも大概か……。



 複雑な心情のレイラをよそにニコラは優しく微笑みかける。



「そろそろ戻ろう。ヴィネアの夜風は喉に毒だ」

「……」



 ニコラが裏口へ向かうとレイラは空を仰いだ。建造物や猥雑な看板に囲まれた四角い夜空は、見ているだけで息が詰まりそうになる。どれだけ足掻いてもこの空の下がレイラの居場所だった。



──ギャングもDJも自分で選んだ道。それは変わらない。挫けるな。最期まで戦え、歌え、そして笑え……。



 レイラは無理に笑顔を作って自分に言い聞かせる。そうでもしないと心が深い闇に飲まれ、全てを諦めてしまいそうだった。

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