第20話 鵺の化身像

『……お前を監視できるからな』

 妖しげにぬえはいう。


 鵺は、実体が定まっていない妖怪だ。その時々で変化へんげが自在だった。何にでも変化できるので、本当の姿を誰もみたことがないのだ。いつもどこかの家庭に入り込み、今も一樺の兄に似せて変化途中だった。


「思惑通りにならなくて、残念だったな―鵺、そ…」


 カッ

 鵺が不意打ちで攻撃する。小さないかずちを次々と九十九に投げつける。それをしゃくでサッとかわした。

「あっ、会話の途中だぞ、卑怯な奴だな。あの頃から嫌な奴だと思っていたけど」

 九十九は不機嫌になる。


『嫌な奴は、どっちだ……お前の方こそ、あのころ自分が何をしたかわかっているのか?』


「……」

『答えよ!』

「お前だって今、人間に干渉しているじゃないか、人のこと言えないなぁ……いや鵺は人じゃなかった」

「だまれ! あの時と状況が違う!」

 怒りで鵺はギャァァァと鳴きながら羽ばたいて襲いかかろうとする。しかし六畳の部屋ではうまく動けなかった。

 九十九はにやりと笑い、タタッと走りながら人差し指と中指に挟んだ呪符をシュッと飛ばす。


「!」

 鵺の体に呪符が張り付き、動けなくなる。すると鵺は動ける片手で最後の抵抗とばかりに九十九に投げつける。

 九十九は鵺の放った左右揺れる雷玉を避けながら、呪術を唱える。鵺の体に張り付いた呪符が縄になりグルグルと鵺の体を縛り上げた。

『なんだコレ? 狐火で僕を仕留めないのか、甘いんだよ。やっぱりお前は半妖はんようだな。母親と霊力が全然違うなぁ』

「それはどうかな? これより、悪い子は異界へ返還だ!」

 陣を描き九十九の足もとが真っ暗な異空間になる。仄暗い漆黒の闇は―。


『こ……こんな場所に常世の入り口? お前いつの間に……霊力が戻っていたのか⁉』

 さすがに鵺も驚いた。

「はて、常世とこよか、幽世かくりよ(黄泉の国)か、何処へいくか、俺にもわからん」

 九十九は余裕顔で笏をゆっくり振る。風が吹く。すると蝶がどこからともなく現れひらひら舞う、無数の蝶が鱗粉をキラキラと降らせ、鵺を囲み、風がぐるぐる回り闇へと誘う。だんだん風が早くなる。轟々と音がすると、鵺の体がぐらりと闇に吸い込まれそうになる。観念した鵺はいう。

『再び、戻って来るからな!』


 ゆるくウェーブした金髪をかきあげ、狩衣を軽やかに翻す。九十九は笏を口元に持っていき営業スマイルでいう。

「どうぞ、ご勝手に。狭間はざま三丁目透ノ間すきのまのアンティークショップ九十九でお待ちしています。弐の国産紅茶でおもてなしいたします。どら焼きもどうぞ」

 九十九つくもは言い終わって一礼した。


 ひゅっ……。と常闇に消えた。



 ***



 シャルルは巨大化け猫から美少年姿に戻り、九十九も耳と九尾は消えていた。母親を探すと、家の一階の居間で倒れていた。


 一樺いちかの話によると、兄が亡くなってから、ずっと母はふさぎ込んでいて、鬱になり自殺未遂するほどだった。そんなある日、家に、とある宗教団体がやってきて、話を聞くうちに母はようやく元気になってきたが、その宗教にのめり込んでしまった。


 目が覚めた母が語った。神様に言われた通りの相手でお嫁に出せば、一樺が幸せになる。すると魂が転生して息子が帰って来ると言われたそうだ。それを信じて祈り続けた―。宗教団体から高額で買った魂再生の化身像が残った。祈っていると少しずつ息子に似てきたので信じてしまった。この化身像が鵺と少し似ていた。


「人の弱みに付け込む嫌な宗教ですね」


 美少年シャルルは憤った。横で九十九は言い放つ。

「ふむ。それで救っているつもりならおかしな話だな……。本来の宗教とは金儲けではなく、奉仕するものだろ」


 ***


 玄関口で一樺の母は頭をさげた。

「九十九さん……本当になんてお礼を言ったらいいか。ご迷惑をおかけしました。何か取り憑いた物を払ってくれたそうで」


「いえ、わたくしは一樺さんが急に来なくなって心配しておりました。それと、依頼があったわけではありませんが、この邪悪な魂再生の化身像をアンティークショップで引き取ることにします」


 九十九は一樺の母の手を包むようにギュッと握り、碧色の濡れた瞳で見つめていう。

「あなたにとって、息子さんの死は耐え難いものだったと思います。ですが、魂が現世うつしよに戻って来ることは決してないのです。転生もいたしません。お辛いとは思いますが息子さんの死を受け入れ、前に進んでください。それだけで一樺さんは幸せになれると思いますよ」



「まって、九十九さん」

 一樺は家の外に出て、帰ろうとする九十九とシャルルを追いかけた。


「ありがとう。わたし一人じゃ何もできなかった。こんなことになるなら、九十九さんやシャルルに相談すればよかっ……」

 話す途中で胸がいっぱいに、涙がこぼれそうになり俯いて顔を隠す。

「いいや。それより、きみと会えなくてさみしかった。コンコン」

「……ふっ。なにそれ」

 その言い方が可愛らしくて、一樺は思わず吹いてしまった。


「わたし、狭間はざまのアンティークショップで正社員で働きたいけど、まだ募集中ですか?」

 すると九十九とシャルルは同時に答える。

「もちろん! 喜んで!」


(よかった。ようやく見つけたわたしの居場所……よーし、早速、インテリアの資格をとるぞ!)


「コンコン、きみさえよければ妖狐ようこに嫁入りしない? どら焼きなら一生困ることはないぞ」

 一樺は予想外のことを言われ固まる。


「……」


(え……?)

 

「えええええ―――――――っ!!」




 とうとう求婚しましたね。

 さて次はどんな依頼が舞い込むかな?


 Case5 魂再生の化身像


 ……つづく。

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