第27話 九十九の母

「白蛇の眞白ましろさん、あのー」


 勇気を出して四畳半の奥の部屋から九十九つくもは眞白の銀髪に絡みついた一樺いちかを助け出そうと遠慮がちに声をかける。


「なあに。ようやく向き合う気になって? わたくしの気持ちを知っていながらあなたは何百年も逃げ回っていたくせに―」

 九十九の方を向くと、眞白の眼は赤く点滅して、二股に分かれた舌をちょろちょろと出す。

「う……」

「わたくしに言いたいことは?」

「は……。無自覚とはいえ、数々の思わせぶりな態度だったことを深くお詫び申し上げます」

「ふん、まあ、いいでしょう」


 眞白は再び一樺に視線を戻し、囁く

「五百年もそよさんを引きずっていたダメ狐さんのこと任せたわよ」

「……」

 一樺は絡みついた銀色の髪から解放された。


「じゃあ嫁に相応しいか試しに、この持ち主を探してもらおうかしら?」

「なんでしょう? 最近、持ち主探しをしていませんでしたね」

 一樺は久しぶりの依頼だったので嬉しくなった。眞白が持ってきた物は玉ねぎのような形の宝珠ほうじゅだった。


 メガネをかけた九十九は顔を曇らせた。

「これは、持ち主を知っているが……どこにいるだろう」

「知っているの? 九十九さん」


「左様、俺の母親だ。つまり一樺を紹介しろというわけか。眞白さんはあいつに頼まれたんだな。だったら自分が来たらいいのに」



 ***



 いつものように待ち合わせ場所は東の地駅、猫の石像前でまたもや遅刻の九十九達を待ち続ける一樺。

「遅い……。今日も、あやかしがペットにしようとシャルルを何かで釣ろうとしているのかしら?」


「いっち……」

 思い詰めた声音。振り向くと猫の石像から少し離れたところに、どんより顔の由志郎が立っていた。


「由志郎さん」


「お前の母さんから聞いたぞ、いっち、どういうことだよ? 結婚を断るって―」

「はい、由志郎さんもわたしをそれほど好きじゃないし、お互いその方が良いかと思いまして、お断りさせていただきました」

 一礼してその場を去ろうとする一樺に対して、由志郎さんは、肩を震わせ怒りをあらわにした。


「……何言ってやがる。こっちは頼まれたから結婚の承諾をしたって言うのに、ふざけんなよ! オレに恥かかせやがって、お前は黙ってオレについてこればいいんだよ! こい。今から訂正してオレの親に結婚の挨拶をしに行くんだ」

 由志郎はグイっとすごい力で一樺の腕を引っ張る。


「嫌だ。離して痛い!」


 なおも無言でグイグイ引っ張る。周りが呆気に取られているのに、お構いなしだ。

(助けて!)そう心の中で叫ぶと、


「アラ、一樺さん、遅くなってごめんなサ~イ」


 髪の長い見知らぬ女性が声をかけてきた。

「え?」

 大陸人なのか瞳の色は吸い込まれるようなキレイな碧眼だった。ブロンドヘアでモデルのような背の高い絶世の美女。周りにいた人達も「芸能人じゃない?」とざわつきはじめる。


(こんな知り合い、いないけどな?)


「マァ、この殿方、すてきねぇ。一樺さんどなた? 初めまして、わたくし美九みくといいマス」

 ツカツカとヒールの音を響かせ、由志郎に近づきウルっとした瞳、艶やかな口元でにっこり微笑む。突如現れた金髪美女に由志郎は釘づけになる。


「……いっち、このひと誰?」

 美九に濡れた瞳で見つめられ、みるみる赤くなる由志郎。

「ええと、友達」

(よく分からないが、話を合わせて逃げよう)


「アノー、今日は一樺と待ち合わせシテイルノデェ。一日、一樺さんをお借りしますワ。ごきげんようサヨナラ~」

 怪しい言葉を操り、サラっとしたブロンドの髪をなびかせ華麗に踵を返し、大柄な美九は一樺の肩を抱き、由志郎から去った。


(思いがけず、助かったー)


 一樺は横を歩きながらその超絶美女を見てみると、誰かに似ていると考えていたら、思い出した。


「―もしかして九十九さん?」

「いや、人違いだ、あまり顔をみるな」

 恥ずかしそうに顔を金髪で隠し顔を見せようとしない。


「九十九さん、超美人ですね。帝に見初められたら国が滅びそうなくらいです」

「いや、違うコンコン」

「九十九さんですね」

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