第8話 異民族のユアと船乗り男

 九十九つくも一樺いちかとシャルルは海沿いを走る電車の終着駅で降りると、ごつごつした岩がむき出しのさびれた海岸に出た。


「ここは、〈南の地〉ですね」


 海苔の養殖、漁師の船や、民宿の建物もあるが、人がほとんど歩いていない。深く帽子を被った九十九はようやく顔を上げた。

海坊主うみぼうず海人うみんちゅさまの話だと〈南の地〉の海底で大ほら貝を見つけたそうだ」


 一目のつかない岩陰に隠れ、九十九は大きなほら貝を取り出して砂の上に置く。そして手をかざすと九十九の金髪が逆立ち、九十九の眼は金色に変わる。今まで見えなかった耳がピンと立ち、九尾の尻尾まで出現した。

「!」


(うわ、さすが妖孤ようこだ……本当に九尾きゅうびもあるのかな? 一、二、三……)


「ちょっと、俺の尻尾を数えるな、恥ずかしいだろ」

 くるりと振り向き少し不機嫌な九十九がいう。

「すみません……」

(なんでわたしの心がわかるの?)一樺は顔が赤くなった。


 九十九が手をかざしてしばらくすると、大ほら貝から碧い炎がゆらめいた。


『―わたし、待っています……ずっとここで……』


 ほら貝はそうつぶやく。悲しいような、せつない女の声。ゆらりと映った姿は、ちょっと変わったアクセサリーをつけた小麦色の肌の女人。


「この声は」

「この辺に住む、村人のようだ」

「じゃあ、聞き込みしますか」

「よろしく、俺は無理」


 耳も尻尾も消え、帽子を深くかぶり、九十九は物陰に隠れた。

(あ、九十九さんは、引きこもりの半妖だった)


 仕方なく美少年シャルルとさびれた海岸から住宅地まで歩いた。村に一軒しかないスーパーに入って聞き込めば、持ち主がわかるかもしれないと思ったからだ。


「いらっしゃいませ」

「すみません、この辺りで歪な形で色は水色の装飾に見覚えないですか?」

 すると年配の店員さんが顔をしかめて、

「それなら、異民族の離れ村のことよね。わたしらは関わりたくないから、ほら、あの離れ村の者に聞いておくれ。あの人たち、むかし罪人がいたって話なのよぉ。 あなたもあまり関わらないほうがいいわよ」

「罪人……?」


 そのむかし、大陸から流れ着いた異民族。貧しいが故、異民族の一人が罪を犯した。付近の村は異民族を村八分にした過去がある。昔ほど差別はなくなったが、今も一族が村と離れて住んでいる。


 岩山と岩山の間にできた穴に居住する異民族。彼らは、少数民族ながら助け合って、仲良くつつましく暮らしていた。


「あの―」


 一樺は海岸を裸足で遊ぶ小麦色の肌の子供たちに声をかけた。

「わあ、久しぶりの客人だ」

 子供たちは大喜びでキャッキャとはしゃぐ。先ほどのスーパーで買った、パンやお菓子が気になるご様子。


「よかったらどうぞ」

「やったー。ありがとーねーちゃーん」

「じゃあ、この村のおさに会わせてよ」

「いいよ! ついてきな」


 一樺と美少年シャルルは丸い岩山の森の奥に案内された。洞窟のようにひんやりしていて、夏でも快適そうだった。

「よくおいでなさった。わたしが村の長、ムウだ」

 上半身裸の白髪で髭を生やした老人が座っていた。

「あの、おたずねしたいことがありまして……。え、え―と」

 石テーブルの上に大きなほら貝を置いた。


「むかし、水色の歪な丸いアクセサリーをつけた女人はご存じでしょうか?」

「ああ、むかしはよくこの村でつけていた伝統的な魔除けのものでなぁ。今は観光用に作っているが、大変評判がいいので、ありがたいことに、なんとかそれで生活しておるんじゃ。ふぉふぉふぉ」

 一樺は長にこれまでのことを説明した。


「―そうか、ほら貝から娘の声が……。うん、聞いたことあるなぁ。おそらくユアの話じゃろうなぁ」

「ユアさん」


 ―異民族のこの村で育った、ユア。この村の一人が罪を犯したことで、近くの村から見捨てられた。嫁の貰い手もなく、ただ年をとるのものだと思っていたら、ある日、船乗りがやってきて、その中の一人の男とやがて恋に落ちた。半年の滞在ののち、帰国することに、船乗り男は言った。


「愛しいユア。またここに絶対戻って来る。俺の代わりに、このほら貝をおいていくから、それまで待っていて」


 しかし、船乗り男が戻って来ることは二度となかった―。


 その船乗り男はあちこちの港に女子がいるとか、はたまた実は詐欺師だった。という噂があった。そうだ、あの男はだから大ほら貝を贈ったのではないのかと―。


 ユアが年老いて亡くなった後、ほら貝は海に捨てられた。


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