第9話 ほら貝と涙

「ひどい、だますなんて……」


 九尾の妖狐、九十九つくもの隠れている砂浜海岸に戻ってほら貝を持ったまま説明して泣く一樺いちか。美少年シャルルがまた一樺にハンカチを渡そうとしたら、すかさず九十九が秒でハンカチを差し出す。


「う……ん? ありがとうございます」

「な―に、コンコン、タオルのお礼だよ」

 シャルルに睨まれたので、九十九はそっぽを向き口笛を吹く。


 頭をかきながら美少年シャルルが聞く。

「でもさぁ、この話は百年も昔の話だよ~。こんなことを言ってはなんだけど、船乗りの悲恋なんてよくある話だ。昨日今日の話じゃないのに、なんで一樺さんは泣いているの?」

 

「……くすん。だって、ユアさんが気の毒で……。ひどい。どうしてそんな嘘をついたんだろう。気をもたせるなんて、二度、傷つくじゃない」

「二度とは?」

 九十九は怪訝そうに聞く。

「一度目は生きていて帰ってこなくて傷ついて、二度目は死んで、ユアの魂が彼の傍に行って、やっぱり帰るつもりなかったと気づいて傷つく」

「……」

「もしかしてそこで失恋していたら、次の恋に進めたかもしれないでしょう。待たせるなんて、そんな優しさいらない……うぅ」

「……」

 九十九は振り向き、そっと一樺の頭をよしよしと撫でた。


「きみの涙には浄化作用がついているのか?」

「え?」

「ほら貝をみてみな」

「!」


『あり……がとう……』


 一樺が持っていたほら貝は、水のように透明になり、碧い炎に包まれて笑顔のユアが砂になり消えてなくなった……。


「あれ? 何で消えたの?」

「一樺さんがユアの想いを受け止めたから浄化したんだ。まったくきみって奇跡の子だな」

「わたしが? 何もしてないよ」

「いいや、一樺はよくやったよ。消えるなんて……初めてだ」


 帽子をとると、九十九の金色の髪が風にゆれる。

「そうだな……。船乗り男のやったことは、本当のことは分からないよ」

「え……」

「その船乗り男は嘘をついたのかもしれない。でも帰ってくるつもりだったのかもしれないよ。戻る途中で死んでしまったのかも―。仮に詐欺師だったとしても、ユアに本気じゃなかったと言い切れるかい? 待っている間、ユアは幸せだったんじゃないのかな―」


(九十九さんはそう思うのね……やっぱり、わたし、まだまだ子供だわ)


 暗くなり波が高くなる。

 夕日が海に沈むまで、三人でずっと海を眺めた。



 ***



「今日は疲れたろう、明日はお休みでいいぞ」

「わかりました」

「また来週」

 東の地駅で一樺を見送り、九十九と美少年シャルルは狭間の店に戻ってきた。


『おかえりなさぁ~い。九十九さん、シャルルさん』


 家具や雑貨が積みあがった、ごちゃごちゃ店内の中からケースに入ったサラ人形が出迎えた。

「やあ、サラ。元気そうだね」

 九十九は営業スマイルで声をかける。

『マティルドゥよ!』

「マ、マティ……サラでいいかな?」

「……」


 店内の奥の4畳半の部屋に入り、三毛猫シャルルに戻って、コタツでごろごろする。九十九は椅子に座り、メガネをかけ、海坊主うみぼうず海人うみんちゅに調査報告書を書いていた。


「ねぇ、九十九さん」

「んあ?」

「今日はどういうつもり?」

 意味ありげに猫目で九十九を見る。

「なんのことだ?」

九尾きゅうび妖狐ようこなら純情な一樺を落とすことなんて、簡単じゃないか。この前のバイトの勧誘の時みたいにね。なのに、なぜ妖狐の力を使わず、僕と張り合おうとするのさ?」


「あーゴホン。コンコン、さて、紅茶でも入れようかな……」

「話をそらすニャー」

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