第16話 妖狐の好物

 この前、一樺いちかは、母が強引に推し進めた由志郎さんとデートした。高校生らしく遊園地に行き、ポップコーンを食べ、ファミレスに入り、日も暮れ、家まで送ってもらった。


「今日はありがとう」

「どういたしまして」


 不意に由志郎さんの顔が近づいてきた。

「!」

「えっと、なに?」

「なにが?」

「顔よけているし……いやなん?」


(たは―っ。無意識に避けていた。わたし正直だなぁ)


「そうじゃなくて、なんていうか、由志郎さんて、わたしのこと好きだっけ? 小さい頃から知っているけど」

「……別に嫌いじゃないし、結婚してもいいと思っているよ。昔から、いっちは知っているからさー。まったく知らない人とお見合いするよりか、いいと思っている―」

 由志郎は先ほど顔をよけられたこともあり、一樺の顔もろくに見ず、ばつが悪そうに話す。

「疑問に思ったりしないの?」

「ん? うーん……。みんな同じ時期に結婚しているから、別に……。いっちは色々、考えすぎじゃないか?」

「……」


(そうだ、わたしのモヤモヤってなんだろう……その正体がわからないと前に進めない。考えすぎ? いやいや、絶対、答えを出さないといけない)

 気まずい空気のまま、家に戻った。


 ベランダのある六畳の一樺の部屋、ベッドでゴロゴロしていると、

「あっ……そっか」


 私は結婚がしたくないんじゃない。もっとこう、自分の中で夢や理想があるみたい。そうだ、由志郎さんは、嫌いじゃない程度で、わたしを心底好きではないんだ。それで結婚するってどういうことだろう。長い人生だよ、一番、肝心かなめだよね。だけど、これが日ノ国ひのくにではフツーのこと。


(……フツーって何だ? わたしは、わたしだ……)



 ***



 木霊こだまの森の入り口に雑草や木々に隠れるように建つ苔の生えた石の鳥居がある。人に見られないように、注意を払って一樺は鳥居をくぐって、狭間はざま一丁目透ノ間すきのまにやってきた。


 先日の狭間通りで夏祭りがあったので、露店であやかし・半獣相手に付喪神つくもがみつき家具や雑貨を売った。そのおかげで店の家具が減り、店内はグッと広くなった。

 次回から、海坊主うみぼうず海人うみんちゅさんが来ても狭いと言われないために、広くなった店内に商談用の椅子とテーブルを窓際に設置した。今後は、依頼主が来店した場合、四畳半の奥のコタツ部屋に案内しなくてすむことになる。


 それから、ごちゃごちゃっと置いていた家具を分別して、大量の時計は奥の壁一面に壁掛けして、年代物の椅子やテーブルも一か所に集め、チェストの上に蓄音機やアクセサリー、小物を置いて、ランプも間接照明として置いた。


「やったー。これで、人間界のお店のようなアンティークショップっぽくなってきました。これからわたし、もっと勉強して本格的にコーディネートしていきますね!」

 ご機嫌の一樺はこの店の雇われ店長、烏庵九十九からすあんつくもに話しかけると、ポンと何かが入った風呂敷の包みをもらった。


「なんですか?」

「俺の気持ちだ」

 風呂敷の包みを広げると、どら焼きが大量に入っていた。

「???」


「九十九さん、そこは油揚げでしょうよ。鈍感な一樺もさすがに察しますよ」

 店内の奥のコタツテーブルで三毛猫シャルルはこっそり話す。

「うるさいシャルル。俺は人間に育てられた半妖はんようだ。自分の好きなものをあげて何が悪い?」

「好かれたいなら、一樺さんの欲しいものをあげるのが、モテる秘訣ですニャー。野良猫でもそれくらいしますよ」

「そうか……今まで人々にあがたてまつりあげられてふんぞり返っていたから分からなかった……女子とは難しい生き物だな」

「一体、今までどんな恋愛してきたのだニャー?」

「……過去は思い出したくない。シャルルだって俺のことを冷たい目で見ていたんだろ」

「……」


 忌まわしいあの頃……。無知とはいえ、俺は最低な白狐びゃっこだった――。だけど長い妖狐人生の中で……一度だけ、人を好きになったことがあった……。


 それが「そよ」――だけどもう会えない。

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