第5話 ジョシュアと人形

 人形をサイドテーブルの上に置くと、ジョシュアが近づいた。

「ホウ、キレイね……」

 持ち主であるジョシュアは人形に見入っていた。


「人形の件でお話したいことがあります」


 山際麻子やまぎわあさこはジョシュアとケースに入った人形を部屋に残し、別室に移動した。一樺いちか九十九つくもとシャルルは広い応接間に案内されソファーに座った。


「実は、ジョシュアさんから頼まれました。日ノ国ひのくに語が堪能ではないので、私がこれまでの経緯を説明します。ではまず、一樺さんがお持ちの人形は、先々代の方、ジョシュアの祖父が持ち主でした」


「祖父……」

「およそ、百年前です」

「……」


「ジョシュアさんの祖父は、弐ノ国にのくにに住むア―サ―家、貴族でした。たしか戦争にも行かれたとか、その後、貴族仲間と事業を拡大して富を得ました。しばらくして、幼馴染と結婚して子供が生まれたそうです。

 サラという名のかわいい女の子だったそうです。ところが流行り病で亡くなり、妻は心を病んでしまわれた。そこで夫婦はサラが生前、可愛がっていた人形をサラと思って大切にしたそうです。サラの代わり着せ替えのドレスやアクセサリーなど与え、片時も離れず、旅行にも連れて行った。

 けれど、病んでいた妻が正気を取り戻した時、成長しない人形を見て辛くなったそうです……」


「……じゃあ」

「そうです、人形を手放しました」

「そんな―」


「それに、しばらくして豪邸も手放したので、人形が『帰りたい』といったところで、願いは叶えられません。家は別の所有者なのですから、それに、ジョシュアさんの祖父母はもう亡くなっています。ですので、せっかく来ていただいて大変言いにくいのですが、人形を引き取ることはいたしません」


 一樺はたまらず言った。

「……でも、サラ人形に命を吹き込んだのは夫婦ですよね? 人形のおかげで立ち直れたのに、捨てるなんて、まるで子供を捨てたみたいじゃない……」

「一樺……」

 肩を抱いて優しい声音の九十九が囁く。

「!」


(九十九さん、わたしの名まえ呼び捨て! あ、妹の設定だった)


「一樺、気持ちは分かるが、もういいんじゃないのか、子を亡くした親の気持ちなんて分からないだろ。それに、亡くなっているんだ……」

「そうだけど……」


 山際麻子は付け加える。

「ジョシュアの父は、アーサー家の血筋ではありません。養子でした。人形を手放し―前を向かれ、そして孤児院で育ったジョシュアのお父さまに出会われたことで、ジョシュアさんの現在いまがあります。ですから、百年の時を経て、今、部屋で、サラ人形に感謝の言葉を述べられていますよ。

 手紙をいただいてジョシュアの父に伝えたらアーサー家のサラ人形の話は養父から聞いていたので、とても喜んでいたそうです。一樺さん、本当にありがとうございました」


「……」


 帰り道、一樺はじくじく泣いていた。


「わたし、何もわかっていないのね……。子供だったわ」


 美少年姿のシャルルがハンカチをスッと渡した。

「ありがとう、シャルル。優しいのね」

「だてに何年も生きてないのさ」

 一樺はシャルルに笑顔を向けた、横にいた九十九が変な顔をして、慌てていう。


「あーコホン、コンコン、人形の想いを一樺さんが受け止めた。きみはいいことをしたんだ。よかったじゃないか」

「そうかな?」

「そうだよ」

「サラ人形は家に持って帰って、アーサー家で育てられたみたいに、わたしも子供だと思って大事にするわ」

「……しかし付喪神がついているからな」

 九十九は一樺がサラ人形が入った大きな袋を「俺がもつ」と言って一樺の方を向き一礼した。


「この人形には霊力が宿っているから、蚤の市に売ることはできない。今回は依頼主のご希望に沿えず申し訳ございません。責任をもってアンティークショップ九十九がお引き取りいたします」


 いつになく真剣な表情で一樺を見つめる。九十九の行動に驚いたが、一樺も急いで頭を下げた。

「では、サラ人形をよろしくお願いします」


 こうして、アンティークショップ九十九には付喪神つきの新商品が仲間入りしました。


 さてさて、今回の依頼はこれにて終了。これから一樺のバイト生活が始まります。


 case1 サラ人形


 ……つづく。



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