第5話 ジョシュアと人形
人形をサイドテーブルの上に置くと、ジョシュアが近づいた。
「ホウ、キレイね……」
持ち主であるジョシュアは人形に見入っていた。
「人形の件でお話したいことがあります」
「実は、ジョシュアさんから頼まれました。
「祖父……」
「およそ、百年前です」
「……」
「ジョシュアさんの祖父は、
サラという名のかわいい女の子だったそうです。ところが流行り病で亡くなり、妻は心を病んでしまわれた。そこで夫婦はサラが生前、可愛がっていた人形をサラと思って大切にしたそうです。サラの代わり着せ替えのドレスやアクセサリーなど与え、片時も離れず、旅行にも連れて行った。
けれど、病んでいた妻が正気を取り戻した時、成長しない人形を見て辛くなったそうです……」
「……じゃあ」
「そうです、人形を手放しました」
「そんな―」
「それに、しばらくして豪邸も手放したので、人形が『帰りたい』といったところで、願いは叶えられません。家は別の所有者なのですから、それに、ジョシュアさんの祖父母はもう亡くなっています。ですので、せっかく来ていただいて大変言いにくいのですが、人形を引き取ることはいたしません」
一樺はたまらず言った。
「……でも、サラ人形に命を吹き込んだのは夫婦ですよね? 人形のおかげで立ち直れたのに、捨てるなんて、まるで子供を捨てたみたいじゃない……」
「一樺……」
肩を抱いて優しい声音の九十九が囁く。
「!」
(九十九さん、わたしの名まえ呼び捨て! あ、妹の設定だった)
「一樺、気持ちは分かるが、もういいんじゃないのか、子を亡くした親の気持ちなんて分からないだろ。それに、亡くなっているんだ……」
「そうだけど……」
山際麻子は付け加える。
「ジョシュアの父は、アーサー家の血筋ではありません。養子でした。人形を手放し―前を向かれ、そして孤児院で育ったジョシュアのお父さまに出会われたことで、ジョシュアさんの
手紙をいただいてジョシュアの父に伝えたらアーサー家のサラ人形の話は養父から聞いていたので、とても喜んでいたそうです。一樺さん、本当にありがとうございました」
「……」
帰り道、一樺はじくじく泣いていた。
「わたし、何もわかっていないのね……。子供だったわ」
美少年姿のシャルルがハンカチをスッと渡した。
「ありがとう、シャルル。優しいのね」
「だてに何年も生きてないのさ」
一樺はシャルルに笑顔を向けた、横にいた九十九が変な顔をして、慌てていう。
「あーコホン、コンコン、人形の想いを一樺さんが受け止めた。きみはいいことをしたんだ。よかったじゃないか」
「そうかな?」
「そうだよ」
「サラ人形は家に持って帰って、アーサー家で育てられたみたいに、わたしも子供だと思って大事にするわ」
「……しかし付喪神がついているからな」
九十九は一樺がサラ人形が入った大きな袋を「俺がもつ」と言って一樺の方を向き一礼した。
「この人形には霊力が宿っているから、蚤の市に売ることはできない。今回は依頼主のご希望に沿えず申し訳ございません。責任をもってアンティークショップ九十九がお引き取りいたします」
いつになく真剣な表情で一樺を見つめる。九十九の行動に驚いたが、一樺も急いで頭を下げた。
「では、サラ人形をよろしくお願いします」
こうして、アンティークショップ九十九には付喪神つきの新商品が仲間入りしました。
さてさて、今回の依頼はこれにて終了。これから一樺のバイト生活が始まります。
case1 サラ人形
……つづく。
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