第6話 海坊主の海人

 ここは海沿い、異国情緒あふれる街並み。木霊こだまの森の入り口の鳥居前で一樺いちかは作業をしていた。


〈ここから先は木霊の森〉の看板の前にさらに大きな看板を置く。

〈わけあり骨董品など、持ち主探します。アンティークショップ九十九ツクモ〉と猫の絵つきで看板を描いた。


「ふぅ、これでいいね。上出来、上出来」

 一樺はペンキ片手に満足した。

「その、画伯並みの誰も理解できない尋常じゃない絵はなに?」

 美少年姿のシャルルがたずねた。

「それ、ほめ言葉? 猫シャルルを描いたのよ」

「あ―……ほんとうに化け猫だ……ひどいニャー」

 シャルルはガックリする。

「?」


「一樺さん、シャルルを傷つけないで、こう見えてナイーブなんだから」

 声をかけてきたのは、狭間はざま一丁目透ノ間すきのまでアンティークショップ九十九ツクモを経営している半妖の九尾きゅうび妖狐ようこ烏庵からすあん九十九さん。わたしのバイトの雇用主。今日はお客さまが来るらしくてキラキラ益しましになっていた。

「あ、すみっこですが、九尾の狐さんの絵も描きましたよ~」

「!」

「こ、これがきつね⁉ ……バケモノかよ。俺は世の女子を惑わす……くっ」

 九十九は顔を歪め何か言いたげだったが、それ以上は何も言わなかった。


「ところで一樺さんはどうしてその看板を作った?」

 九十九は首をかしげた。


「はい、この店は流行ってないから、こうして人の目につくようにしてみました」

「ハッキリ言ったな、流行ってないって……。半獣相手であって、人間の顧客を増やしたいわけじゃない。……まあいいさ。人間は一樺さんが窓口になってくれ。俺は知らん」

「そういえばシャルルが狭間に引きこもっているのは社長だって言っていたけど、この前、人間界のジョシュアさんのところによく行けましたね」

「左様、人間と一緒なら人間界に行けるんだ。―今、社長っていったか?」

「はい、九十九さんは雇用主だからこれからは社長って呼ぼうかと」

「……九十九でいいから」

 ボソッと言って、プイと去ってしまった。


 一樺は店に戻ると、乱雑でごちゃごちゃしたお店を片付けようと、家具を出した。すると奥から怒る声がした。

『ちょっとォ~。埃がかぶるでショ。わたしアレルギーなの、ケースに入れて。くしゅん』

 虫干し中の人形がしゃべった。よく見るとこの前、九十九に引き取られた人形だった。


「あ、サラ人形じゃない。サラってば日ノ国語ひのくにご覚えたの? 言葉がわかるよ~」

 すると人形はいう。

『あのねェ。実はサラじゃないのよォ~。本名はマティルドゥよ。生前サラはそう呼んでいたわ』

「むず……サラでいいかな」

「……」


 カランコロン

 お店の鈴の音が鳴る。一樺はさっそく笑顔で声をかけた。

「いらっしゃいませ、持ち主探します。アンティークショップ九十九です」

 その者は一目で、人間に見えない妖怪が立っていた。目力が鋭く、頭はつるっとしていて耳は魚のヒレのようで、全身が鱗だった。昆布のスーツを着用していた。

「ワシは海坊主うみぼうずだ」

「えっと……半獣さん?」

「違う、海の大妖怪だ」


「お待ちしておりました。海坊主うみぼうず海人うみんちゅさま」

 キラキラしい九十九がのれんをくぐって出てきた。

「久しぶりだな、九十九殿。三年ぶりか?」

「ええ、お元気そうで、今日はどういったご用件でしょうか?」


 店の奥の掃除していない汚れた四畳半の部屋にコタツテーブルに座ってもらい、九十九はまた得意気に紅茶を振る舞った。

「どうぞ、弐ノ国にのくに産の紅茶です」

「相変わらず狭いな」

「申し訳ございません。今リニューアルオープンに向け、お掃除中です」

 九十九はニッコリ営業スマイルする。


 うしろで一樺たちは二人の様子を見ていると、美少年シャルルが

「あの人は、海のパトロールをしている海坊主の海人さんです。海で問題が起こると、こうして九十九さんの店に相談にやってくるのです」

「そうなのね。海に住んでいるのに、今日は晴れているから、海坊主さん乾いたら大変じゃない? 大丈夫かな」

「少しくらい大丈夫ですよ、大妖怪だから、それにここは海沿いです」


「して今回はどのようなご依頼を」

 コタツテーブルに座り気取って手を組む九十九。

「ああ、これだ」

 ごそっと置いたものは、

 大きなほら貝と、からのワイン瓶の中に入った手紙だった。


「この二つが海の底で見つかった。霊力が宿っている。悪霊か、よい霊かわからない。悪霊になったら、難破船や漁船に悪さして海に引きずり込むかもしれんのう。この持ち主を探し出してくれ」

「海人さんは人間におやさしい。では早速、調査開始しますね。ああ、どら焼きをどうぞ」

「いらん。ワシは海のものだ、紅茶は熱くて飲めぬ、殺す気か。どら焼きは甘すぎだ。海産物にしてくれ。それと、解決したら書面で結果報告するだけでよい」


「かしこまりました。次回は海人さんのお口に合うものをご用意させていただきます。またのご来店お待ちしております。ありがとうございました」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る