第11話 夏のはじまり

「来週、狭間はざま通り沿いで、半獣・妖たちの夏祭りが開催される。一樺いちかさん、浴衣着てくるかい? ケホケホッ」


 現世うつしよ常世とこよの狭間一丁目に住む。九尾きゅうび妖狐ようこ、アンティークショップの店長、烏庵九十九からすあんつくもは店の外に家具を置き、ハタキをパタパタさせながら、看板作りに精を出している一樺に話しかけた。


「ええっ。従業員なのに、浴衣を着てもいいですか」

「左様、客引きに利用させてもらう」

「いや、でもわたし、大きくなってから、着られる浴衣持っていないかも」

「ならば、買ってやろうか。福利厚生だ」

「いいですか?」


「ボソッ……ついでに、俺の浴衣も見立ててほしい、コンコン」

「九十九さん、人間界はもう大丈夫なんですか? 持ち主調査の時以外は引きこもっていたいのかと思っていました」

「一樺さんがいれば大丈夫だ」

「僕も浴衣ほしいニャー」

 すかさず美少年シャルルも叫ぶ。

「やった! 決まりですね」


 ***


 家を出ようとしたら、母が台所から声をかけてきた。

「あら、一樺、またバイトに行くの?」

「お母さん、ううん、今日はバイト先の子と一緒に制服を揃えようことになって……」

「そう……」


(言いわけ、変だったかな?  ま、いっか)


「一樺、話があります」



 ***



 ここは、東の地駅、都会の待ち合わせで有名な場所だ。いつものように猫の石像の前で一樺は彼らを待つ。

「今日こそ、九十九さんたち、ちゃんと遅刻せず来ますように……って今日も遅っ」

 三十分は経っただろうか、暑くて倒れそうになりながら、待っていたら、またしても美少年シャルルを抱きかかえやってきた。


「すまん。またしても煮干しが落ちていて……」

「もう、大妖怪に化け猫なんだから、そろそろ犯人特定してね」


「あれ? 一樺じゃん」

 振り返ると、聞き覚えのある声。同じクラスで友だちの双葉ふたばだった。


「双葉」


「えーなになに? どうした。その人たち誰?」

 不思議な組み合わせに双葉は尋ねる。


(ヤバい。怪しいかな)一樺は焦った。


「あ、えーっとね。実はバイト仲間なの」

「ふーん。バイトしていたんだ、この男の子も?」

「う……ん、このお兄さんの弟。今日はお店も参加する夏祭りイベント用の浴衣を買いに見にきたの」

 すると、深く帽子を被ったまま九十九が双葉を見る。

「はじめまして、一樺のバイト仲間の九十九です」

 九十九を見た瞬間、双葉の様子が一変した。

「えーちょっとなに? 一樺のバイト先のお兄さん、超カッコいいじゃん。紹介してよー。一樺! 私も連れてってー。キャーッ!! アイドル降臨よ」

 学校ではクールな双葉のキャラが崩壊していた。


「双葉……あの―。いや、その……ですね」

 一樺がしどろもどろになっていると、九十九が怪しげに碧眼をキラッとさせた。

「悪いね、一樺さんのお友達の双葉さん、今日は弟もいるから、また今度。双葉さんは―――いいね?」

 一時的に固まった双葉。


「今のうちに行こう」

 逃げるように、三人は街に消えた。


「はぁ、まさか友達に会うとは……。それにしても、九十九さんの九尾の妖狐の魅力は絶大ですね。一目見ただけで……。そりゃ、トラウマになりますって」

「そうだろ、俺さまの隠しきれない魅力がこぼれると、こんな目にあうのだよ。人間界に来たくない理由が分かったか」


「了解しました。なるべく人間界に来ない方がいいのですね」

「俺は人間界出身なのだが、仕方あるまい」

「女の子に変化へんげする気はないのね?」

「……」



 しばらく歩くと華やかな大通りから外れ、下町の商店街に向かう。そこから更に飲み屋街の奥の寂れた商店街、今にも潰れそうなボロボロの店に辿り着いた。

「ここは半妖はんようが経営している呉服店だ」

 九十九は帽子を取った。


「九十九さんが顔出ししても大丈夫なのですか?」

「左様、俺は半妖からすると、大した霊力ではないらしい。まあ、稲荷神の神使しんし白狐びゃっこなら別だろうがね」

「……普通、聖獣が九尾なら分かるけど、九十九さんは半妖なのに九尾なんですね。人間とハーフでもすごい力があるってことですか?」


「……」

 九十九の顔がピクッと引きつる。


(あれ? わたし、変なこと聞いたかな)


「―ああ、九尾なのは、母親が大妖怪だったからな。じゃ入るぞ」


「いらっしゃいませ」

「やあ、久しぶりだね、一反木綿いったんもめん綿子わたこさん、浴衣を見に来たぞ」

「あら、狐の若様じゃなぁ~い。百年ぶり?」

「‼」


(え、九十九さん何歳?)


「ゴホンッ。コンコン、違う、去年に一度、会っただろう。えーただ今、俺は二十四歳だ。それより浴衣を見せてくれ」

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