第12話 おしゃべりな着物くん

 半妖はんようが経営する呉服店の一反木綿いったんもめん綿子わたこさんは店の奥へ案内する。店の奥が半獣たち専用のお店になっていた。畳の大広間に箱に入った浴衣がズラリと並んでいる。


「こちらへどうぞ」

「妖しい浴衣から今どきのデザインの浴衣まで取り揃えております」

 一樺は楽しそうに浴衣を見ていた。

「この星のデザインって、珍しい形をしていますね」

「あら! お客さま、お目が高い、清明きよあき神社デザイン悪霊よけ浴衣です」

「……いや、別の浴衣を見せて」

「お薦めは、雪椿ゆきつばきのデザインです。この浴衣を着ると良縁に恵まれるんですって」

 しかし一樺いちかの顔が曇る

「かわいいけど、でもな―。これじゃ、彼氏募集中みたいでいやだな」


(色々ある紫陽花あじさい柄、薔薇ばら牡丹ぼたん……どれもいいけど、派手だな)


「コンコン、一樺さんはこれが似合うと思う……ボソッ」

 九十九つくもがなぜか手で顔を隠しながら小声で指をさす。

「あ、水色で金魚と朝顔か、いいね! わたしも好き~涼しそう」

「僕も一樺姉さんと同じ柄の浴衣にするニャー」

 美少年シャルルが九十九の間に割り込む。

「!」

「じゃ、俺も―」

「九十九さんは紺色が似合うと思います」

「いや、でも―おそろ……」

 一樺は九十九の浴衣を見立てる責任感で夢中になって何着か、九十九に浴衣を当ててみる。綿子さんお薦めの無地の藍染め、帯は小さく金魚のデザインが施されていた。


「三人ともお揃いみたいで大変お似合いです。よろしいですね」

「ふむ。頼むことにしよう。ついでにこれも頂こうか」

 ひょいと取ったのは、きつねのお面だった。

「人間界の時はこれで顔を隠すのですね。でも、九十九さんは体型からして、隠しきれてない気もしますが……」

「体型……?」

「だって、大陸人のような体躯で背も高いし、おまけに金髪なのでお面していても目立ちます」

「……」


 レジの前で一反木綿の綿子さんは風呂敷に包んだ中身を見せた。

「ちょうどよかった。若様。この中身は着物、いわくつきの着物です。引き取ってくださいな」

「ほう」

 九十九は胸ポケットからメガネをかけて見る。

「……着物といえば、たいてい霊だよな。俺、無理」

 ポイっと一樺に着物が入った風呂敷包を渡す。

「九十九さんは霊がきらいなの? あやかしなのに?」

「俺は、付喪神は大丈夫だが、霊は、特に女の怨念が怖くてたまらない」

「……お察しします」

 一樺は同情した。


 ***


 浴衣を購入して、アンティークショップに戻り、改めて風呂敷の包みを開けて着物を見た。無地で綿素材の着物だった。

「見たところ地味な柄の着物ね。でも、着物のことは分からないけど、作りが凝っている気がするわ」


『褒めて、褒めて~』


「わっ。着物がしゃべった」

『やっと、わかってくれる人に出会えた~』

 着物がふわっと浮いて近づいてくるので、驚いて一樺は一歩引いた。すると美少年シャルルが前に出る。

「着物くん、さん? 一樺に手出しするならこの猫の爪で引き裂くニャー」

『やめて~着物の付喪神だよ! 霊じゃないよ』

「そうなの? この着物は新しいよ、百年も経ってない気がするけど……」

 一樺は首をひねる。

「左様、百年たっていなくても、作り手の思いが強かったりすると付喪神になるのだ」

 九十九はさりげなくしゃべる着物を着物用ハンガーにかける。

「コンコン、なにゆえしゃべるのだ、着物くん、さん?」

『着物くんでいいよ。実はこの着物は工場の機械じゃないんだ~、れっきとした手織機で作った着物だよ。手紡ぎ真綿糸で織った、職人こだわりの伝統柄で最高級品だ』

「おしゃべり着物くん、その職人さんに返したいが、居場所はどこだ? 連れて行ってやる」


『それが、職人さんはボクを作っている頃から病気がちで、それでも精魂こめて作り、仕上がったと思ったら死んじゃったんだ~。だから、敬遠されて、ボクは売れなかったんだよう。すごくいい出来なのに~誰にもわかってもらえないよー。職人さん史上最高傑作にして遺作なのに~』

「それはかわいそう! 胸張っていいよ。あんたは着物界の王様だわ。一流の着物だよ」

 一樺は身を乗り出す。

『うぅ……。うれしいです。こんな風に評価してもらえて、お礼に羽織ってくれてもいいよ』

「……」

 三人ともそれに応えなかった。着物くんの機嫌を損ねても困るので九十九はいう。

「コンコン、じゃあ、役に立ってもらおう」


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