第29話 妖狐に嫁入り
「九十九さん。久しぶりね……」
辺りは鬱蒼と茂る森の中。帝都の街を潤す源流がさらさらと流れ、年中湿った空気で常に霧に包まれている。遠くで鳥の鳴き声も聞こえる。
光が差し込んだ時、森の奥で女の人の声がした。一瞬で心を奪われるような透き通った綺麗な声だった。
「お久しぶりです……母上」
小さい声で頭をかきながら九十九は挨拶をして、
「そちらが、あなたのお嫁さんかしら」
「はい、まだ返事はもらっていないけど、百年くらい待つつもりだ」
「まったく―。それじゃあ話にならないわ。こちらも暇じゃないから約束通り
「はぁ? やめてくれよ。俺にも選ぶ権利あるだろ」
「何百年お嫁さんをさがしているの? 今ここで返事をもらいなさい。いいわね! わたくしはあなたの意見をねじ伏せることだってできるのよ」
九十九の母は言霊の力を持っていた。このままでは、母の言う通りになってしまう。
「う……」
焦る九十九だったが覚悟を決めて
「……五百年前、霊力のなくなった俺を助け、狭間に連れてきてくれた常世の
『……罪深き九尾の妖狐よ。そなただけが悪かったわけではないが、大罪を犯したことに変わりない。死ねない
聞き終わり、一樺は動揺する。
「え……。それがわたしってこと⁉ だから九十九さんは人間の妻を迎えるのは大丈夫なのね。でも五百年ぶりですよ? 年数がとても重いです。軽くプレッシャーなんだけど……」
「軽くって……。一樺なら大丈夫だよ。だって、大妖怪である俺の強めに張った結界を簡単に入ってこられるなんて並の人間じゃない。初めて会った時、信じられなくてさ、本当に好きになるか分からなかったから、だからバイトしてもらったんだ」
「それでバイトだったんだ。……いやー。でもさぁ……鳳凰だか何だか知らないけど、そんな方に言われたからって、お嫁にするって、自分の意志じゃないよね?」
「あらあら、九十九さん、一樺さん乗り気じゃないのかしら……。こうなったら嫁は眞白さんに決定でよろしいのね?」
九十九の母は口を挟む。
すると九十九は一樺の手を取り、碧眼から琥珀色に輝く。どこからともなく金の蝶が現れ、二人を鱗粉で包む。やさしい風が吹き、髪も月の光のように灯る。濡れた瞳で瞬きもせずじっと一樺を見つめる。
「俺は九尾の妖狐だ。名だたる大妖怪の中で一番強いんだよ、結婚してくれるよね?」
気がつくと一樺は言葉を発していた。
「はい、お受けします……」
***
東の地、
「やった! 一樺が妖狐のお嫁さんになる~。めでたい!
美少年シャルルは大喜びでお祝いのワインを持ってきた。
「やあやあ、皆の衆、待たせたな。そして俺の嫁候補たちよ、そんなわけで別の男(妖)にシフトしてくれたまえ」
「じゃあ、九十九さんは下戸だから、グレープジュースだニャー」
九十九の横でおめかしした花嫁の一樺は怪訝な顔をする。
「え? 九十九さんはお酒飲めないんですか? というか、動物って葡萄ダメじゃないですか?」
「何度言わせるんだ、俺は獣動物じゃない、半妖だってば。酒は飲める。飲むと眠くなるだけだ」
(お酒の弱い妖狐の旦那様か……ん?)
しばらくするとお祝いの席で一樺はなぜか腑に落ちない顔をしていた。そして横に座ってグレープジュースが入ったグラスを優雅に持つ花婿である九十九に対して、一樺は顔を近づけ、詰め寄る。
「九十九さん、まさかとは思いますが、西の地の、皆の前で求婚した時―、妖狐の力を使いませんでしたか?」
九十九の瞳孔が開く、一瞬、ギクッとした顔だったが一生懸命、首を横に振る……。
「……使ってない。絶対、使ってない。妖狐がそんな卑怯なマネはしない。ちゃんと君は自分の意志で返事をしたはず―」
一樺と目を合わせようとせず、コンコンと咳払い。皆に挨拶しに行くと言って狐のようにピュッと逃げた。
(怪しい……
「シャルル、ね、絶対、九十九さんて、妖狐の力を使ったよね?」
まる聞こえのひそひそ話を近くにいたシャルルにいう。
(一樺には、妖狐の力は通用しないはずなんだよな……。鈍感なのか、素直じゃないのか……)
「まあまあ、騙されたと思って一度、試してみてはどうかな? 案外、結婚ってやつは、狐と狸の化かし合いかもしれませんニャー」
しれッと言い、美少年シャルルはウインクをした。
Case7 一樺、妖狐のお嫁さんになり、人間界にオープンしたアンティークショップ九十九の店長になった。惚れた弱みなのか、一樺の尻に敷かれっぱなしの妖狐だったとか、それはまた別の話だ。
おしまい
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狐のお話が好きで、よく調べもせず楽しく書いてしまいました。テレビを観てもため息つくような世の中、ほっこり物語を考えてみました。こんな少女漫画的稚拙小説を最後まで読んでくれてありがとうございます。
持ち主探します。アンティークショップ九十九(ツクモ)九尾の妖狐と付喪神のお店 青木桃子@めまいでヨムヨム少なめ @etsuko15
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