第18話 サラ人形の告白

一樺いちか、バイトに来ないですね」


 ここは現世うつしよ常世とこよの狭間、狭間はざま一丁目透ノ間すきのま、アンティークショップ九十九ツクモの店内だ。美少年シャルルが店の窓の外を眺め、商談用のテーブルに座りポツリという。

「……」

 九十九つくもはしょんぼりする。


『一樺さんは進路で悩んでいたワ~』


 年代物のキャビネットに飾られたサラ人形がシャルルに話しかけてきた。

「やあ、サラ人形。すっかり日ノ国語ひのくにご覚えたんだね」

『違う! マティルドゥよ!』

「……マ、マテニャー……」

 シャルルはそれ以上言わなかった。

『……もういい、サラで』

 サラ人形は三人目(?)で本名を呼ばせることを諦めた。


「えっと、一樺はサラに相談していたの?」

 シャルルはサラ人形に近づく。ケースに入ったサラ人形を商談用のテーブルに置いた。

『一樺さんの家でお世話になっていた時からァ、一樺さんのお母さまは何か変だったのよねぇ……。まあ、私も変だったけどォ、オホホ』

「変って?」

『一樺さんのお兄さんが亡くなられていて、そのせいで、一樺さんはすべてを背負っているようなのヨ。お父さまは単身赴任でいないわ~。まったく世の男どもはどうして肝心な時にいないのかしらねェ~』


「そうなのか。ど、どうしよう」

 九十九は不安気にシャルルに聞く。

「そんなのは、九十九さんの苦手な人間界に行くかニャー?」

「コンコン、人間界か……。困ったな。しかし、一樺に会いたい」


『私からもお願いするわァ。一樺さんの母は何かが取り憑いているような気がする。かなり強力な力をもった悪霊かも。だからこそ、みんなに気づかれないうちに蝕んでいくの……』


「!」

 九十九はすっくと立ち上がりきつねのお面をかぶる。

「シャルル、行くぞ! あやかしは取り憑くのが得意分野、一樺を助けるのだ」

 ボーン、ボーン……。店内のゼンマイ式柱時計が鳴る。夜8時過ぎ、九十九は港町の一樺の家に急いで向かった。


 きつねのお面をつけたまま、しゃくを片手に持ち、烏帽子えぼしを頭にのせ。金糸の刺繍の入った狩衣を纏い、紫色の差袴さしこをはいて、足元は光沢のある黒の浅沓あさぐつだ。


 シャルルは走りながら九十九に話しかける。

「九十九さん、今日は珍しくちゃんとしたお祓いスタイルだニャー」

「左様、悪霊なら本気で倒さねば!」

「本当に、一樺が好きなんだね」

「シャルルはどうなんだ? お前も一樺を狙っていたではないか?」

「あと百年経たないと、九十九さん位の身長にならないので、それまで一樺は待っていてくれないだろうから、僕は諦める」

「そんなはずは……。コンコン、さては俺を試したな?」

「何のことか、わからないニャー」


 きつね並み、それ以上の脚力で壁を軽々ひらりと飛び超え、屋根に足音立てず登り軽快にびゅんびゅん疾走する。屋根から屋根へ飛び跳ねて移動する。シャルルは必死に三毛猫姿で走る。


 あっという間に、港町の一樺の家の玄関までたどり着いた。


 ピンポーン

 早速、ベルを鳴らす。

「あれ? 誰も出ないよ」

 美少年姿になったシャルルは困惑する。

「うーん。出かけてる? 一樺を、一目でもいいからみたいな」

 九十九はお面も烏帽子も外し、メガネをかけて、庭から家の窓を覗き込む。目を凝らすと、怪しげな影を視た。


「ふむふむ。正体現れたか」

「どんな悪霊だった?」

 シャルルも夜行性なので目を光らせる。

「あいつ―。生きていたのか……」


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