第19話 巨大化け猫シャルル

 一樺いちかは部屋に閉じ込められ、泣き疲れて、ベッドで横になっていると、トントンと部屋の戸を叩く音がした。

「?」

 別に鍵がある部屋ではないし、母なら勝手に入ってくるはずだ……。何か変だと思い、怖くて動けなかった。

「……」

 すると、今度はベランダの窓からも叩く音がした。

 ぞわり……鳥肌が立った。

 

(え? ここ、二階なのに……怖い……)

 ドクン、ドクン……。鼓動が早くなる。音を立てないように布団をかぶりベットの四隅に寄って息をひそめた。



「俺だよ……」

 聞き覚えのある優しい声音。急いで起き上がり、そっと、窓のカーテンを開けた。


九十九つくもさん⁉」


 九尾きゅうび妖狐ようこほんらいの姿である耳がピンと立ち、九尾も出現していた。そして神主っぽいきらきらしい刺繍を施した衣装を着て、人差し指で静かにポーズをした九十九が二階の窓の外のベランダにいた。


 音をなるべくたてないようにして、ベランダの窓を開けた。

「……どうしてここに? 今日はいつものスーツじゃないのね」

 意味が分からなかった。あんなに人間界に警戒していたのに今日は狐のお面を被っていない。一樺は泣きはらしたあとで目が赤く瞼は腫れていた。優しい眼差しの九十九。


「やっぱり俺は女の泣き顔が一番いやだな。特に一樺はね……」

 そっと指で頬に触れ、頭をよしよしした。

「???」

「一樺はシャルルの背中に乗って逃げてくれ」

「シャルルの背中?」

「大丈夫、化け猫姿で、今は体は虎くらい巨大化しているから。さあ、乗った」

 窓を開け放つと、化け猫姿のシャルルがいた。シャルルの目は暗闇の中でキラッと光った。


「一樺、乗るニャー」

「シャルル! すっごくおっきいのね」

 ふわふわの巨大ぬいぐるみのようなシャルルの背中に乗ると、フワッとしたと思ったら、一気に空を駆け上がる。予想外な出来事で驚きながらも、一樺の町の夜景を眺め、家を見下ろす。

「シャルルすごい!」

「だてに化け猫じゃないニャー」


 家の外に一樺を逃がした九十九。

 部屋の扉からまだトントンと音がする。金色の髪をなびかせ笏を振り、金色の狐目で臨戦態勢の九十九。


「扉を自分で開けろよ―――――ぬえ


『ヒューヒュー……ヒュー』


 扉の向こう側で不気味な鳥の鳴き声がする。その声が次第に大きくなり、ドアノブを乱暴にガチャガチャさせる。

 ガチャリ……


 鵺がすがたを現した。成人の男性くらいの背の高さで、顔はつるりとしたお面のようで、頭は鳥の羽で覆われていて、体は人間で、虎のような獣の手足をしていた。

 一樺はシャルルの陰に隠れ、家の外から鵺を見て驚いた。その顔の形や体つきは亡くなった兄そっくりだったからだ。

『久しぶりだな……妖狐の九十九よ。あの頃は楽しかったぞ』

「なんで、一樺の母に近づいた? あやしげな宗教団体に潜伏してまで」

 鋭い金色の狐目で鵺を、笏で指しながら不機嫌に問う。


 

『フフフ……。息子を亡くし、あんまり泣いているから、僕が彼女の息子になりかわろうと思ってね……』

 鵺の顔が能面のようで、表情はわからない。

「なんのために?」


『娘を追い出し、一人ぼっちの母の家に居つこうとしていた。この家は狭間はざまに近いし、お前らを監視できるからなぁ』

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