第3話 訪問

 ふっと目が覚める。カーテンの隙間から差し込む日差しが眩しい。俺は毛布を押しのけ立ち上がる。寝ぼけ眼をこすりながら、じーっと目を時計に近づけた。九時二十分、まだ朝か。若干ふらつきながらもリビングへ。


「おはよう」

「おはよう。早いわね」


 母が皿洗いをしながら、俺にそう言う。


「そう?」

「うん。いつも起きるの昼過ぎじゃない。なんか用事あるの?」

「うん……あるっちゃある。まー昼からだけど」


 母はふーんっと力ない返事をしながら、机に焼きたての食パンを出す。俺はリビング横にある仏壇前に正座をし、チーンっとお鈴を鳴らして手を合わす。目を閉じ、そして開けると気づけば母が横にいた。俺と同じように、仏壇に置いてある姉の写真を眺めていた。


「次の墓参りっていつ?」

「次はお盆休み。そこらでおばあちゃん家に行くから、予定空けといてね」


 そう言いながら、母はまた台所へ。


「言われなくても空いてるよ」


 俺はのそっと立ち上がり、匂いに誘われるように机へと向かった。座るや否や、パンを片手にリモコンを手にし、テレビの電源を入れてみる。


『次は私の番だ! スーパーリーゼントアタ――』チャンネルを変え。

『そして本日ご紹介する商品はこちら! 夏にお得! 通気性抜群の――』チャンネルを変え。

『まー不倫するってのは――』チャンネルを変え。

『――七年前に日本を襲ったドラゴンは、地球上の生物ではない可能性があると専門家の間で議論が行われています』一瞬見入ってしまうも、思わず電源を消した。


 チラッと母を横目で見るが、気にしてない様子で皿洗いを続けていた。俺はもう一度電源を入れ直し、通販番組に変えた。

 





「ごちそうさま」

「はーい」


 カレーだから水に浸けといて、と台所越しに聞こえた母のの言う通り、皿を水いっぱいに浸す。


「そろそろ出るの?」


 自室に戻ろうとする俺を止めるように、母は訊いてきた。


「うん。あと……三十分ぐらいしたら出るかな」

「そう。もうそろそろしたら買い物に行くから、鍵お願い」


 卓上ミラーでメイクをしながら、母はそう俺に告げた。





 そろそろ行くか。

 丁度三十分が経った頃、スマホを片手に家を出る。


「あっつ」


 思わずそう言ってしまうほど、外は灼熱の太陽に照らされていた。綺麗な青空の真ん中で浮かぶ陽が、夏を熱く語っている。

 自転車のサドルも赤く染まっている。立ち漕ぎで行こう、俺は大きくまたがり出発した。こんな暑さだってのに、子どもは楽しそうに公園で遊んでいた。まだまだ子どもの俺が言えることでもないが、もう一度子どもに戻りたいな。強くそう思う。


「えーっと、この辺だったかな。――おっと! あった、あった」


 危うく通り過ぎかけ、すかさずブレーキをかけた。目の前にある白い家。俺は脇に自転車を止め、インターホン前まで歩く。昨日は誰もいなかったみたいだけど、今日はどうだろう。なぜか昨日よりも心臓の鼓動が強く聞こえる。それでも、俺は無理矢理動かすように固い腕を上げ、ボタンを押した。


 ――ピーンポーン。


 ……。

 ……やはり出ないか。

 何となく、昨日と同じ結末になる予感が心のどこかでしてはいたけど。もしかしたら、家族で出かけてるとか。いやでも親とは話してないらしいし。どうにか、何かその確かめ方法はないか周りを見渡し探ってみると、ぱっとあることが思い浮かぶ。


「そうか、それを確かめればよいのか」


 俺は昨日プリントを入れたポストを小さく開けて、隙間から中を覗く。中身が入ったままなら、留守ってことか。と、そんな不審者っぽい動きをしていると。


「おや、若い子がいるね」


 甲高く、嗄れた声が後方から聞こえてくる。慌てて振り向くと、そこには一人のおばさんが杖を片手に立っていた。

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