第6話 暗闇

「――で、これでこうだから……はい! 私の勝ち!」

「ええー負けたー。でも、まだ一対一だよね! もう一回しよ!」

「いいよー。つぎ勝ったほうが、優勝ね!」

「うん!」

 

 気がつけば僕は身を乗り出して夢中になっていた。いや、夢中になってることに気がつかないぐらいこの空間を好きになっていた。時間なんかすっかり無くなっていたしずっと笑っていたし、幸せを初めて肌で感じれた気がする。

 それでも終わりは必ずやってくる。そんなことを薄々感じ始めたとき、姉ちゃんがこう言った。


「大地。最後に連れて行きたいところがあるんだけど」

 

 最後、という言葉は一番聴きたくなかった。終わりがはっきりと現れ、嫌でもそれに近づかないといけない。ただそれよりもワクワクの感情が勝っている。どこに連れて行くつもりなのか、考えるだけで胸が躍る。


「ちょっと待ってて」


 姉の言うとおりに、俺は部屋で待つ。その間に散らかったおもちゃを箱へとしまう。少しだけ気になりカーテンを開けて外を覗くと、薄い三日月の明るさを保つ夜の光景が広がっていた。

 

「いつの間にこんなに真っ暗に」


 ――ガチャ。


 扉が開くと、姉がジェスチャーで僕を呼ぶ。


「何? どこに行くの?」

 

 そこへ向かいながら、僕は姉に問う。


「外へ行くよ」

「え! 外?」

 

 思わず足を止めてしまう。


「こんな暗い時間なのに。今さら外に出ても、することなくない?」

「いや、夜にしかできないことがある!」


 自信げに言い放った姉は、勢いよく玄関を飛び出した。僕も遅れないよう後を追う。


「う、さぶ」


 冷ややかな風が、身体に触れてくる。

 すると姉は着ていた上着を脱ぎ僕にそっと被せた。


「ならこれ着な」

「いいよ、それぐらい取ってくるよ」

「大丈夫。なんならこれでも暑いぐらい」

「でも……」

「最近、運動してないでしょ? 走るよ!」

「え?」

 

 そう言ってスタートダッシュを決めた姉。

 僕は離れないようがむしゃらに足を動かす。それでも姉の足の速さについていけず、思い通りに足が動かなくなってきた。


「ちょっと休憩しよ!」

「えーなに? 男の子のくせにもうバテてんの? 私はまだまだ余裕だよ」

「そんなこと言われても……」

「ちょっとは頑張りなよ! ほら!」

 

 姉は余裕な表情を見せながら僕を見る。ただ華麗になびく髪の毛から汗が垂れているのが、ピンポイントに当たった街灯でよく見えた。僕は全く汗をかいていないのに、そう思うと自分はまだまだ本気を出していないのかな、甘えているのかな。身体がそれを表している気がする。


「分かった! 僕も全然余裕だよ!」


 必死になりながらもそう叫ぶと姉は大人のように美しく笑っていた。

 それから、ただひたすらに走り続けた。行き先も分からず、この先に何があるかも分からない。公園を抜け、住宅街を抜け、川岸を抜け、いつしか知らない境地に僕はいた。そこで姉は足を止める。


「こ、ここどこ?」


 呼吸を落ち着かせながら、僕は姉に問う。


「ここはね、家のとなり町だね」

「いいの? お母さんになんて言われるか」

「大丈夫、アポはちゃんと取ってきてるから」


 準備はばっちり! と僕にグッドサインを見せつけてきた。相変わらず元気だな。ふと辺りを見渡してみる。よくよく見れば、おかしな場所にいた。右を見ればマンションやレストランなどがあり、まるで都会のような賑わいがある町並みが広がっている。しかし左を見れば、街灯一つもない小高い山への道が続いていた。


「なんでこんな中途半端なところに。こっちは暗いし、早く人通りの多いあっちへ」


 僕が歩こうと足を踏み出すと、姉はそれを止めるように僕の両肩を抑える。


「行かないの?」

「行くよ。でも行くのはこっち」

 

 そう言いながら指したのは、暗闇に包まれた山道だった。


「本当に言ってる?」

「うん。バリバリに本当」

「危ないよ! 暗いし、僕らだけじゃ危険だって!」

「危険かどうかは行ってみないと分からないでしょ」

「分かるよ! 明らかに……ちょ、ちょっと」

 

 僕の言うことに聞く耳を持たず、姉は歩き出した。行きたくはなかったが、はぐれちゃダメ、そう思い嫌々ついていく。

 姉は振り返りもせず、歩き続けていた。


「暗闇とか怖くないの?」

「ん? 怖くないかな」

「す、すごいね」

「だって大地がいるし、一人だったらさすがに抵抗あるかもだけど」

「そ、そうなんだ」

 

 どれくらいこの山は高いんだろう。でもしっかりとした道がある分、普段から人が行き来してるのだろうか。姉は足を止めることなく進んでいく。


「ねえ、大地。暗闇の先には何があると思う?」

「え?」


 いきなりそんなことを訊いてきた。しっかりと質問の意味は分かったのに、なぜか答えが出てこない。


「分からない」

「でしょ。そんなの誰も分からない。だからこそ見に行くんだ」

「だからこそ、見に行く」


 一体何が、この先には。いろんな気持ちが募るなか、僕はその答えを頭で見いだしながら歩いた。

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