第21話 浴衣

 ――ピーンポーン――


『はい』

「大野大地です。夜空さんはいらっしゃいますか」

『はーい、すぐ行きます』

 

 川見の声が聞こえ、俺は家の前で待つ。扉の横には赤いバラが綺麗に咲いている。学校卒業したらあれを口でくわえれるようなダンディーな男になろうかとか、変なことを考えていると扉が開いた。


「お待たせ!」

「え!」

 

 驚きで咄嗟に声をあげた。近所迷惑になるぐらいでかかったけど、これは仕方ない。だってう滅茶苦茶綺麗なんですもの。


「ゆ、ゆかた」

「あ、あれ。変?」

「いやいや全然変じゃない。……何か俺、私服で悪いな」

 

 朱色に黄色や白の花が咲き誇る浴衣。とても美しく輝いている。


「どうしよ。浴衣……家にあ――」

「いいよ、全然。私が個人的に着てみたかっただけだから。行こ!」

「おう」





☆ ☆ ☆





 空は夕日で赤く染まっている。もう夏休みは終わってしまう、それでもこれから新しい人生が始まるような感じがして、嫌な気分にはならなかった。

 草履をカタカタと言わせながら、祭り会場まで向かう。


「今日あったかいから、はい」

「わ~ありがとう」

 

 うちわを二つ取り出し、その内の一つを渡してくれた。表面には何故か必勝って書いてある。


「ひっしょう?」

 

 訊くと、少し照れくさそうな素振りをして。


「それー中学の受験勉強のときに買ったんだ。それ仰いでおけば合格するかなって」

「へ~へへ、そうなんだ。そういうの信じるタイプなんだね」

「そういうのってなんだよ! でも実際合格してんだからそれは本物だ」

 

 誇らしげにうちわを紹介し始めた。


「それには書いてあるの?」

 

 私は大地君が手に持つうちわを指さす。


「ん? これは、何か書いてるように見えて無地なんだよ。夢詰め込む用だな」

「ええー。何の夢? そういえば将来の夢とかあるの」

「将来の夢か~。考えたことないけど、まー普通に……普通のことしてると思うよ。あ、でも海外旅行してみたいなっとは思う」

 

 明後日の方角を見ながら、夢を語る大地。


「いいねー海外旅行」

「どこに行きたいとか細かくは決めてないけど。人生で一度ぐらい日本から離れてみたいなって思ってるんだ。お金があればの話だけどね」

「私も行ってみたいな、海外」

「一緒に行けたらいいな~。宝くじでも当たればだけど――あ、そういえばお金もってそうな方がいるじゃん」

「え、だれ」

 

 とか言いつつ、内心誰だかは何となく予想できる。


「スーパーリーゼントさん」

 

 予想的中。

 自分の父がどれくらい稼いでいるとか、正直考えたこともなかったな。


「忙しそうだな、リーゼントさん。滅多に帰ってこないんじゃない?」

「うん」

「そういえば確か、お母さんも仕事が忙しいんだよね。何してるの?」

「普通にパートと、マネージャー」

「マネージャー……。ああーリーゼントさんの?」

「そう」

「なるほど! そういうことだったんか。いいね、それ」

 

 いいのか、どうかはさておき。


「父さん、そういう仕事管理とかできない人だからさ。母が変わりにしてくれてたの。それがいつの間にかマネージャーの位置についていたって感じ」

「しっかりしてるんだな、川見の母さん」

「うん、頑張ってくれてる。だから学校休んでしまったときも、申し訳ないことしたなと思って。学費も払ってくれたのに」

「でも二学期から行くんでしょ。ならそこから挽回したらいいじゃん」

 

 大地君がガッツポーズを取りながら、そう言った。

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