第22話 おにぎり

 好きな映画や好きな曲、この世で一番カッコイイポーズは何か、とかしょうもない会話で盛り上がりながらも会場まで向かった。もう三四十分歩いたのかな。体感はもっと早かった。周りにだんだん人が増えてくる。恐らく祭りに向かう人だろう。浴衣姿の人もいて内心ホッとしながらも、そのまま歩いた。


「そういえばさ、花火あるの知ってる?」

「え、花火あるの。結構大きめの祭りなんだ」

「うん。割と屋台とかも多いって聞いた」

 

 あって六つぐらいだと思っていた。そう考えると何だか楽しくなってくる。


「全部まわれる程のお金はないんだけどね……。言ってなかったけど」

「私もってきてるから私が出すよ」

「いやいいよ。全部は無理だけど、ある程度まわれるぐらいのお金はある」

「いや! この前イベントに連れていってもらったお礼、させて」

「いやいやお礼なんか充分してもら――」

「させないなら蹴る!」

 

 脅すように言ってみると大地は「ならお願いします」と小さく了承する。


「たまには私にも何かさせてよ。ずっとされるばっかじゃ何か嫌だな」

「分かった、ありがとう」

「分かったならよし」

 

 歩道の脇に看板が立てかけており、花火が描かれているポスターが貼られている。


「そうそう、これこれ。この花火」

 

 大地がポスターを指さす。


「これを見る場所がさ、いろいろあるんだけど俺はとっておきの場所を知ってるんだ」

「とっておき」

「たぶんあんまり知られてない。俺もそこから見たことはないけど、きっと良い眺めだと思うんだよ。ここから少し離れてるっちゃ離れてるけど。良い?」

「うん。任せる」

 

 気が付けば祭り会場にはすぐそこまで来ていた。賑わってるのが良く分かる。


「やっと着いた。めちゃめちゃ人多いね。もっと少ないと思ってたけど」

「ね。まー祭りは賑わってこそなんぼなんじゃない」

「そうかも」

 

 ずらっと並ぶ屋台コーナー。美味しい匂いがぷ~んと鼻に迫ってきた。奥には大きなステージがあり、今はダンスをしていて派手な曲がこちらまで聞こえてくる。


「とりあえず何か食べる?」

 

 辺りを見渡しながら大地君が私に訊く。


「うん。丁度、お腹空いてきたところだったんだ」

「おっけー。何あるか見てみるか」

 

 綿菓子、たこ焼き、焼きそば。目に入ってくるのは祭り定番のもの。全部食いたい気分をグッと堪えて、今一番欲しいもの。手作りおにぎりを選んだ。


「あんま見ないな、祭りで手作りおにぎり」

「久しく食べてないなーと思って」

「言われてみたら確かに。シンプルおにぎりが結局一番うめえ。すみません! これ一つ」

「じゃあ私はこれ」

 

 大地君は塩むすび、私は昆布を選んで買い、ベンチへと向かう。


「ずっと歩いてたから……このベンチ安らぐ~」

「うん。いただきます」

 

 ステージを遠くから見ながら、おにぎりを口に入れていく。実家のような安心感。


「何かさー。いつの間にか普通に喋れるようになってるな」

「え?」

「うん。覚えてない? あの公園ですれ違ったとき」

 

 記憶を掘り返す。すれ違いざまに喋りかけてくれたときは、どうすればいいか分からなかったのは覚えている。たぶん緊張して何も言葉を発せてなかった恥ずかしい記憶が……。


「なんか小学校の記憶でさ、川見って暗いイメージがあったんだけどさ。意外とこう喋ってみると明るいよね」

「過度な人見知りだからね。人付き合いは結構苦手」

「俺も人見知りだから気持ち分かるよ。初めなに喋っていいか分からなくなるの」

「人見知りなんだ……。本当に? もし逆の立場だったら緊張して、人の部屋まで入りきれないけど」

「まー底力ってやつ? 俺が何とかしなきゃっていう使命感みたいなのがあって。間違えて部屋に入っちゃったとき、変なことしちゃったなーとか後悔してたけどね」

「あれ本当にビックリしたからね!」

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