第15話 正体
「ふぁー今度は本気の本気で終わったーー」
「お疲れ」
ぶっ通しでやっていたせいで一気に疲れが襲ってくる。
それに耐えきれず俺は床に寝そべった。横になるだけで疲れが全部抜ける~。
「いやーこんなにぶっ通しで宿題やったのは久しぶりだ。俺ってこんなに集中力あったんだ」
「お菓子タイム一時間ぐらいあったけどね」
散らかったお菓子袋を見ながら川見が呟く。
何とか宿題を終え、俺は颯爽と帰る準備を始めた。長居しても悪い。
「じゃあ帰らせていただきます。あ、そうそう」
あることを思い出し、鞄をあさる。川見が不思議そうにこちらを見ている。
「はい! これ、今日お邪魔させてもらったお礼に」
「え、これって……私が」
「そう、この前のイベントで売ってたクリアファイル」
川見が欲しがっていたヒーローが集結した絵が載っているクリアファイル、あのポスターに宣伝されていたグッズだ。それを俺は川見に手渡した。
「どうやって…………屋台閉まってたのに」
「実はさ、その二週間後ぐらいにまた同じイベントがあったんだよ。俺も欲しかったし、買ってきちゃった。どう? 良いでしょ、俺が作ったわけじゃないけど」
そう言いながら川見の様子を窺ってみる。
何故か川見は喋らないまま、ゆっくりと頭を下げた。
「か、川見?」
声を掛けても反応がない。
「あ、あれ……寝た? 寝たの? まー今日はずっと宿題教えて貰ってたから、疲れもたまっ――」
「ご、ごめんね」
「え?」
川見は頭を下げながら、少し震えた声で謝った。
「な、なんで川見が謝るんだよ。ど、どうした」
「わ、わたしなんかに…………優しくしてくれて。わたしは何もしてなくて…………申し訳なくて」
頭を下げて顔は見えない、それでも声や仕草でない泣いてるのが分かった。
「そんなことない。今だって宿題教えてくれたし……それに、俺は見返りが欲しくてこんなことしてるわけじゃない。ただ自分が好きでやってるだけだから。だから川見、顔を上げ――」
慰めるため手を差し伸べてたそのとき、部屋のドアがゆっくりと開いた。
一気に身体に緊張がはしり、身体が言うことをきかなくなった俺の前に、ひょこっと現れたのは一人の男性だった。
何となくこの場の雰囲気を察したのか、その男性は俺を見ながら口を開いた。
「誰だ、うちの子を泣かしているのは」
「うちの子って……川見のお、お父様……」
こ、この方が川見のお父さん。強面のその見た目から感じるオーラが凄まじい。でもどうしてか、その顔と声に違和感が。
「あ、あれ……お、お父様どこかでお会いしました?」
「今はそんなことはどうでもいい。君は一体だれだ」
「は、はい! 僕はかわ……夜空さんと同じ高校で同じクラスの大野大地と言います。よ、よろしくお願いします」
「夜空の同級生か。それで、なぜ夜空は今泣いているんだ」
徐々に俺に近づきながら、質問してくる。
「そ、それが俺もあんまり分かってなくて」
「あぁん! 何で分かってな――」
「お父さん、待って」
川見が目をこすりながら、お父様を止めた。
「これは違うの。私が勝手に泣いてるだけ。大地君は凄く優しいよ。だから、早く出て行って」
その言葉にお父様は渋々立ち上がる。
「へぇ~。ならまぁいい。でもこれだけは言っておく、夜空に妙な真似したら許さ……あ、あれ。このクリアファイル」
「え、ええああ。これは僕が夜空さんにプレゼントさせていただきました」
「どこで?」
「あの……ヒーローフェスてのがありまして。そこで売ってたので」
「ほう。夜空も行ったのか?」
川見が軽く頷く。
「は、はい。僕が連れて行かせていた――」
説明最中にも何故か、お父様は近づいてきて、正座している俺の横で胡坐をかき始めた。
「どうだった」
俺に訊いているのか、お父様からその感想を迫られていた。
「か、感想ですか? そ、そうですね、すごい凄かったです」
咄嗟にそう応えてみると、険しい顔つきになる。
「い、いや楽しかったし、行って良かったなって思いました。ショーも大迫力で……」
「どういうところが?」
……めちゃめちゃ掘り下げてくるじゃん、この人。
慌てるな、冷静に。何か俺を試しているのか。
「あのヒーローショーみたいなのがありまして、花火やら何やらいろんな特殊効果があったり。あとスペシャルゲスト? でス……スーパーリーゼントを演じている方が来ていただいたりとか」
「ほう、その人のことどう思った」
面接かこれ。
「え、いや格好良かったです。僕はそれまで存知上げなかったですけど、もう五十歳になるって聞いたときにはもう感動したというか。歳を感じさせないって凄いと思いました」
夏休みの思い出発表会なのか。なんでここまで深く訊いてくるのだろう。
ていうか何故か、満足げな笑みを浮かべ始めているお父様。
「やっぱそうだよな! よく分かってるじゃねぇか」
いきなりひょうきんな喋り方で、俺の肩を組み始めた。
横では川見が深いため息をついている。
な、なにこの状況。いや待てよ、やっぱりさっき感じた違和感。そしてこんなにも感想を訊いてきたってことはもしかして。
「もしかして! もしかしてあのヒーローイベントの主催者さんですか?!」
「え、違うけど」
急に素に戻って応えるお父様。あれ、何でだ。
「ま、惜しいっちゃ惜しいけどな」
「え、やっぱ何か関係が?!」
「大いにある。ていうかさっきの話に登場してたしな」
お父様のその言葉で、ハッと今までの違和感から解き放たれたような達成感が。そして驚きで鳥肌がたつ。
「ま、まさか……ス、ス、スーパーリーゼントさん?」
「そうだ! 正解!」
「えええええええ。すみません、握手してもらってもいいですか」
「おうおう! よろしく!」
俺はリーゼントさんと厚い握手を交わした。
「でも、あのイベントのとき確か自己紹介でおっしゃってた名字は川見じゃなかった気が」
「あーあれは芸名。初めの頃は本名でやってたけど、プライベートと名前を分けたいなと思ってな」
「なるほど、そういうことだったんですね。それに普段はリーゼントじゃないんですね」
「この時代にリーゼントパパはまぁおらんでしょ」
「ですよね。いやーでも凄いですよね。ちらっとだけテレビで見ましたけど、かなり激しめのアクションをやられてません?」
「ああ、まぁな。普段からすぐそこの公園で運動したり、体力作りは欠かさずやってるからな」
「さすがです!」
こんなことあるのだろうか。まさかの出会い。
ていうか、川見はどうしてこのことを言わなかったのだろう。
「それにしてもさっきはすまなかったなー。初対面で強く当たってしまって」
「いやー全然そんなことはないです。僕が長居してたのが悪いです」
「でも驚きだな。まさか夜空に彼氏がいたとは……いつから付き合ってたんだ?」
いまこの場で気まずくなるランキング上位の言葉を、リーゼントさんは堂々と口にした。
「この夏からですかね」
何となくそれにノっておくことにした。
「もー付き合ってないよ。ほら、父さんも早く部屋から出て行ってよ」
「え、何だ夜空も反抗期か? おお、い、分かった分かったから」
川見は無理矢理リーゼントさんを起こし、部屋から押し出した。そんな仲良し娘と父のやりとりを見て、俺も帰ることにした。
親とも喋ってないって聞いてたけど、そういうわけじゃなさそうだ。
「じゃあ、俺も帰るわ。ありがとう、今日は入れてもらって」
そうドアの前に立っていた川見に声をかけながら、俺は部屋を出ようと足を動かす。
「ん?」
階段を降りる直前、左肩に川見の手が置かれたのに気づき、俺は出て行く足を止めた。
「どうした?」
「あ、いや何でもない」
「お、おう」
何故か下を向いて顔を隠すようにしている川見。
「じゃ、じゃあ帰るわまた! お邪魔しました!」
妙な空気に耐えきれず、逃げるように俺は階段を降りる。
リビングを横切るときに、もう一度リーゼントさんとすれ違った。
「あ、どうも。お邪魔しました」
「おうおう、帰るのか」
「はい、失礼しまーす」
「はーい、また」
「了解です」
そう返事して、川身家を後にした。
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