第16話 バイト
さーこれからどうするかな。二週間ぶりに川見に会ったけど、以前内海が言ってたみたいに部屋に閉じこもってるってわけじゃなさそう。あの感じ別に親とも会話してない訳でもないし、学校に行くか行かないかは川見自身が選択することとして、ひとまず元気が出てくれただけでも俺は充分満足。
しかしこんなインドアな俺でも、川見とイベントに行ったときは楽しかった。たまには友達と遊ぶのもいいものなんだな。姉と遊びに明け暮れた日々が懐かしい。トランプやボードゲーム、学校から帰った後や休みの日は本当に飽きるほどやった気がする。ときには姉の友達が家にやってきては一緒に遊んで、人見知りの俺もゲームをすればするほど仲良くなっていって。
でも今思えばほとんど家にいたっちゃ家にいたんだなと。外なんかより家の中で何かするほうが楽しいとずっと思ってたけど、そうじゃないかもしれない。それぞれ全く異なる楽しさがあるのだと、今更ながら気づけた。自分が知らなかったものを知れる、その驚きや感動が中より一段とあるのが外の楽しさなのかもしれない。
自分の知らない楽しい場所、一人でも何でもいいから行ってみたい。そんな衝動に駆られてしまいそう。そのためにはお金が必要だ。
「バイトするかぁ……」
俺はスマホ片手にサイトをあさる。
「んーー。楽に稼げるバイト、とかねぇかな」
そんなものはないっていうのは何となく想像がつきながらも探す。それか……。
「今残っているお金で宝くじ買ってみるか」
名案だ! と思ったが、残金を一瞬にして失う憐れな未来が安易に頭に浮かぶ。
何で楽に金を稼ぐ方法ないのかなー何てことを時折思う。勿論それは世界のどこかにはあるだろうし、きっと楽に稼いでいる人もいるだろう。
でもほとんどの方がしんどい思いをしてでも、お金を稼いでいるのだろうな。
改めて考えると凄いなと思う。みんな頑張ってるんだなと。
仕方ない…………バイトやるか。
「土日祝、年末年始、正月、全て入れますっとー。それで週五日勤務できるっとー」
店長は細々と喋りながら、メモを取っている。よしっと一言喋ると、ペンを置いた。
「じゃこれにて面接は終了。合格不合格は今週中に連絡しまーす。…………んー、ん、うんうん。いやいいや、うん合格!」
――ゆるっ――
それから一週間後。八月ももう下旬。夏休み終了までもうラストスパートと差し掛かっていた。
そんな時期に、俺は緊張の面持ちでスーパーへ向かっていた。初アルバイト初日。これは誰しもが経験するだろう、この嫌な緊張感。
時間五分前になったので、裏口からおそるおそる入店した。行き交うスタッフに挨拶をしながら事務所へと向かう。
「失礼します! 新人バイトの大野と言います、よろしくお願いします」
「おぉ、大野君か。ちょっと待って」
店長は事務所内のダンボールから新品のエプロンを手に取った。
「よし、これ着て。荷物も全部ロッカーに入れてまたここに来て。鍵は前渡したな?」
「はい、持参しております」
「おっけー。じゃあ、どうぞ」
エプロンを持ったまま、俺は更衣室に入った。
「こんにち……は。あれ」
更衣室に入ってからの第一声はこれだった。理由は簡単。
「ん? 大野?」
「え、佐々木じゃん」
何という運命的な出会い。俺は偶然にも友人の佐々木と出会った。
「え、お前ここで働いてんの?」
「いいや、今日から」
「あ、なに新人?」
「そう」
「何だよ! 言えよ! お前バイト始めたのかよおおおおお」
「いやいやお前こそ言えよ。バイトしてたのかよ」
「してたよおおおおお!」
バカ騒ぐ佐々木。不思議に思ったのか店長がひょこっと更衣室を覗きにきた。
「大丈夫か?」
「あ、はい大丈夫です」
「何だ、人が死んだのかと思った」
そうボソッと言って店長は事務所へ戻っていった。
「え、いつからやってたんだよ」
今度はボリュームを下げて佐々木に訊く。
「高校入ってちょっと間してから」
「嘘だろ。してるなんて一度も言ってなかったじゃんか」
「だって別に訊かれてねぇし。そんなバイトの話なんかしたくもないわ」
「いや、やってるってことぐらい教えてくれても」
俺はエプロンを着ける。
その後、俺はもう一度事務所に入り、店長を呼ぶ。
「それじゃ、担当の子を呼んでくるから。歳は近いほうが良いかな?」
「ま、そうですね」
そう言って、案の定連れてきたのはこいつだった。
「じゃあよろしく」
店長は事務所へと帰っていく。
「それじゃ付いてきてね。先輩には敬語を使うんだよ」
「同年代だろ」
「ちょっと何言ってるか分からなーい」
白々しい態度を取る佐々木先輩に俺は付いていった。
「じゃあお客様には気を付けて」
「はい」
大量の箱を台車で運び、品を棚に置いていく。
「なーなー」
すぐ横で同じ作業をする佐々木が俺に声をかける。
「お前、なんで急にバイトを?」
「ちょっと金が欲しくなったからさ」
「へ、欲しいものがあるの? ゲームパソコンでも買うの?」
「いや、そういうわけじゃ――てか、こんなに普通に喋ってていいのかよ」
私語禁止って確か店長に言われた気がするんだけど。
佐々木は周りを見渡し。
「別に近くに誰もいないし。大丈夫だろ。バレなきゃ大丈夫だって」
「まぁ、そうか」
「それで、何に金を使うの」
「ちょっと旅行かなんか行きたくなってさー」
「アメリカ? フランス? シンガポール?」
「いや海外旅行じゃなくて……ま、旅行っていうかさ、何かイベントとかそういうのに行ってみたいなーって。家族でも友達でも、一人でも何でも」
俺はふと横を見ると、佐々木お得意の気持ち悪―い笑みを浮かべてこっちを見ていた。
「な、何だよ」
「いやー大野がそんなこと言うの珍しいなって」
「そうか? 成長ってやつかな」
「イベントっていうのは祭りとかそういうの?」
「まーそんなんかな――あ、はい」
「すみません」
女の子が一人、俺に話しかけてくる。
小学生ぐらいだろう、不安そうな表情してる感じまさか迷子?
「あ、あのヨーグルトってどこありますか?」
あら可愛い。
初めてのおつかいかな。一人で来れてしかっりしてるなーっと関心してしまう。でも、お兄さん分からないんだよ。
「ヨーグルト? の場所が知りたいんだね」
すぐさま佐々木が間に入る。
「うん」と女の子が頷き。
「よし、じゃあ付いておいで」
佐々木が優しくそう言い、ヨーグルトまで案内していった。
ベテランだなー。
ちょっと間してから佐々木が帰ってきた。
「さすが」
「あれぐらい普通よ。でさー話の続きで、イベントとかに行きたいんだろう」
「うん」
「今月末に夏祭りが海沿い付近であるの知ってる?」
「あー毎年やってるってのは知ってる。行ったことないけど」
「じゃあ行こうぜ」
品出しそっちのけで、佐々木が楽しそうに近寄ってくる。
「えー金ないって話は。今月末だったら給料日まだだしなー」
「じゃあ使わなかったらいいじゃん。祭りだぜ? 入場料無料なんだぞ」
「行く意味なくねぇか。屋台できなかったら何もなくない? 祭りってそうじゃない?」
「へえ隣に住んでて知らねえの。あの祭りの屋台はただの飾りじゃんか。メインは最後にある花火だろ」
ハッと昔の記憶が蘇る。ふとベランダから見えた夜空に咲いた花火。何気なしに見ていた花火だが、この祭りのときのだったのか。その花火を見る度に思うことがある。あの花火、姉と行ったあの山から見たら綺麗だろうなって。
「分かった、行く。ちょっとだけなら金あるし、一緒に屋台まわろうぜ」
「おう、いいぜ。まーその日バイトあるんだけどな」
「何だそれ」
何だそれ。
こいつは何を言っている。
「文句はここに言え。俺は悪くない」
「え、なになに。一緒に行くって話じゃねえのか。え、言ってる意味が分からーん」
「俺はあくまでおススメしたまで。一人でも何でも行くって言ってたじゃんか」
「いや言ったよ、言ったわ言ったけど一人祭りはちと難易度高すぎやしないか。祭りってみんなでまわるのがたの――」
言い終わる直前だった。佐々木の顔が曇り、俺ではなく後ろを見ている。嫌な予感を察しながらも俺は恐る恐る振り返る。
「あ、て、店長」
嫌な予感は的中。真顔で俺たちを見下す店長が目の前に。私語していたのがバレたのか。怖すぎる。
固まる俺たち。店長はそっと口を開く。
「うん、問題なし。その調子で続けてくれ」
――問題なし――
「あー焦ったー」
「店長はこんなことで怒らないから、安心しろって。てか今思い出したんだけど明日、ひま?」
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