第8話 対面

「いってきます!」

 

 気合い入れも含めて、いつもより元気よくそう言って外へと飛び出る。昨日との変化なし、いつも通り快晴の空。美しい青空に見惚れながらも、俺は自転車まで一直線に歩き、鍵を差し、スタンドを蹴り上げ、勢いよく乗り込み、いざ、出発! 強くペダルを踏み漕ぐ。が。


「あれ、なんかおかしい」

 

 俺の知ってる自転車じゃない、いつもより動きが弱々しく感じた。とりあえず一旦止めて後輪を確認する。触ったり動かしたり。そして分かった。


 ――パンクだ――


 仕方がない。修理はまた今度してもらうとして、今日は歩いて行くか。そう遠くないし。自転車は家の隅に立てかけておき、若干テンションが下がりながらも足を動かした。このだだっ広い住宅街を進むだけ、急な坂道もない。暑さだけは勘弁してほしいが、まあ適当に歩いとけばいずれ着くだろう。俺はこの間を利用して、第一声を何にするか考えることにした。


「やあ、夜空。元気かい? 君を助けに来たよ」うーん、キモい。


「こんにちは! 川見夜空様! お元気でいらっしゃいましたか?」 いやいや、固すぎる。


「どうも! 川見さん、調子はどう?」うーん、これぐらいでいいかな? いや、ちょっと変かな。


 自分と会話しながら、それでも中々決まらないまま歩いていると、髪の長い誰かとすれ違ったのが分かった。少し下を向きながら歩いていたせいで、顔は分からない。普通なら人とのすれ違いごときで何も思わないのに、身体がドキッと一瞬反応した気がする。だから俺は咄嗟に後ろを振り向いた。やはり何かを察したのだろう、黒髪ロングで細々とした身体。あの後ろ姿はどこかで見覚えがある。確信はないが、一かバチか自分を信じて声をかける。


「川見さん?」

 

 その言葉に、相手はビクッと反応して足を止めた。そしてゆっくりと振り返ってくる。その見えた顔で俺はひと安心した。


――良かった。川見さんだ――

 

 俺はそっと胸をなで下ろす。

 透き通るような白い肌に、水晶のようなくっきりとした瞳と整った鼻筋。まるで動物のような優しい顔立ちで、性格は大人しくおっとりとしている。

 でも何故か今は、まるで人間ではない宇宙人を見たかのような驚き顔で硬直してしまっている。何か、何か話をしないと。


「あ、あの川見さん? ……久しぶり。おれ、大野大地って言うんだけど覚えてる? 昨日はごめん、いきなり部屋に侵入しちゃって」

 

 とりあえず自己紹介と謝罪をした。その俺の言葉に、川見はハッと思い出すようにすると、小さく頷く。


「今は何してるの? ……ていうか、あれ」

 

 そう、よくよく見てみると川見は制服姿だった。しかも、こんな猛暑日にセーターを着こなしている。

 暑くない? そんな質問をする前に。たとえ夏休み期間であっても、制服を着てるっていうことは学校に行ったっていうことで解釈してよいのか。


「なんだ、学校行けるようになったんだ。良かったー元気になったみたいで!」

 

 ふうーっと息を吐く。一件落着はもう済んだみたい。そう安心したのもつかの間、川見が勢いよく首を横に振る。


「あれ、そうじゃない?」

 

 うん、と頷く。


「じゃあ……なんで制服」

 

 すると、川見は照れくさそうな素振りをしながら。


「あんまり目立ちたくなくて」

 

 そう、囁くように小さな声で言った。

 目立ちたくなくて……というのは知人に会いたくないとかそういうことなのだろう。不登校の川見にとって、同じ高校生と出会うのは嫌なのかもしれない。それにしても。


「いや……余計目立つよ、それは」

 

 ワンテンポあけてからツッコミを入れる。

 当たり前だ、制服を着るなんて自ら高校生ですって名乗りでるようなもんだ。しかもこの夏休み、目立ちに目立つよ。

 ということを理解したのか川見はハッと我に返るように驚き、顔を真っ赤にしてしまった。


「いや! 別に目立たない! それはそれでファッションでありだと思う」

 

 慌ててフォローするが、川見はすっかり顔を手で隠して俯いてしまっている。傍からみたら女の子を泣かしてるようにも見えるこの光景、しかもこんな住宅街で。このままここに居座るのはマズい。


「ちなみに制服でどこ行ってたの?」

 

 さりげなく訊いてみると、川見はそのまま顔を隠しながら。


「お、お菓子が欲しくて」

 

 そうして右ポケットに手を突っ込むと、すっとラムネを俺に見せつけてくれた。


「な、なるほど。買いに行ってたわけね、ラムネが……好きなんだね」

 

 俺の言葉に小さく頷く。


「ね、ねえ。今から一緒に話せないかな。公園かどっかで。時間があれば! でいいんだけれど」

 

 川見を助けたい、それが俺の本来の目的。内海も困ってることだし、何かしてやれることがあれば、そのためにも話を聞かないと。


「……ダメかな」

「い、いいよ」

 

 了承してくれた。といことで近場の公園に直行。


 『緑山公園』と書かれた錆付いた看板を横目で見ながら、端にある長椅子に座った。学校の登下校の際チラッと見えるこの公園。人気は無く、たまに散歩に来る人がいるぐらい。ボロ付いた遊具で遊ぶ人なんか久しく見ていない。恐らく知り合いには会いたくないだろう川見にとっては、ゆっくりできると思う。

 

――さあ、何の話をしようか。

 

 何でもいいから会話しろ、そう自分に言い聞かせる。


「この公園、来たことある?」

「あんまり……来たことない」

「そうなんだ……」

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