第9話 明日

ダメだ、会話が続かない。何この静かに襲ってくる空気感は。どうにかして和やかにしないと。


「えっと……ね、喋るの久しぶりだよね」

「うん」

「小学校以来かな?」

「うん」

 

 頷きながら、川見はぼそっと返す。


「…………いきなりだけどさ! 川見さんって何か趣味とかあるの? 夢中になれるもの、とか」

「……わからない」


 少し間をあけてからそう言った。

 分からないってことは何かしらあるってことなのだろう。それが言いにくいことなのかもしれない。

 なら無理に引き出す必要もないか。


「ふーん……」

 

 ただどうしよう、この状況。気まずい。

 みんなならどうするんだろう。

 さっきまで普通に話せそうだったのに。

 何でもいいからとにかく喋れ、って思ってても話題が一つも思いつかない。

 好きな食べ物? 好きな色? そんなしょうもないことを会話する間柄でもないし。

『学校に来て』って直接言うのも何か違う気もするし。

 あまりにも無計画で来すぎた。

 情けねぇ、どんどん自分が惨めになっていく。


 この耐え難い気まずき雰囲気を打破するには会話が必要だと思うが……。

 ただ自分という馬鹿は喋るのが苦手らしい。

 ……なら自然と会話が弾む場所に行くのも一つの手なのか。

 会話が弾む場所、楽しいところ。


 パッと思い浮かぶ。

 川見と部屋で出くわしたあの日、俺は何気なしに帰ってから調べた場所。

 そこに行けば、きっと川見も。


「あの……ごめん、せっかく時間取ったけど明日予定ある? 俺、楽しそうなイベント見つけてさ。それが明日あるんだよ」

「イベント?」

「そうそう。一人で行くのは勇気いるし一緒に行かない? お願い!」

「…………いいよ」


 懇願するよう誘う俺の言葉に、川見は少し悩む様子もあったが了承してくれた。


「マジ? ありがとう!」


 その後、待ち合わせ場所を決めて解散した。

 

 今は迷惑に感じてるかもしれないけど、川見はきっと喜んでくれる。

 そう信じてる。




☆    ☆    ☆     




 私も帰らないと。


「おかえり。先生に会えた?」

 

 玄関を開けるや否や、母が廊下に飛び出てきた。


「うん。安心してた」

「そう。なら良かった」

「うん」


 返事をして、二階に上がろうとするとまた母が声をかけてくる。


「明日も行くんでしょ?」

「……うん」


 実は学校には行ってない、なんて言えなかった。心配させて申し訳ないと思う。でもあの場所へ戻る勇気なんてない。

 自室に入りベットに飛び込む。ふと枕元に置いてある日記に目がいった。意味も無く中身を開く。


『もう嫌だ。私は笑われるために生きてるんじゃ――』

 

そんな憐れな文字が羅列されているのを見てノートを閉じる。と同時に一粒の涙が落ちていく。

拭う気もない、私はそっと瞼を下ろす。

 

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