第10話 イベント

「お! 来てくれたんだ!」

「……こんにちは」

 

 ペコペコと頭を下げながら待ち合わせ場所に来てくれた川見は、昨日と同じく制服姿だった。

 ボケなのかなと思ったけどそんなわけない。触れるか触れないか頭で激しい論争を経て、スルーすることにした。


「じゃあ早速行こう。少し歩くけど」


 昨日の反省を踏まえて、喋る話題はいくつか考えている。


「俺の記憶が間違ってなかったら。あのー川見ってピアノ得意だよね」

「うん、一応」

「そうだよね、小学校のころに音楽会で弾いてた記憶があるんだよ-」


 それはそれは衝撃だった。

 微塵も音楽を知らない素人が、心を躍らされたんだ。

 あの美しい音色。

 しかもプロでも先生でもない、同級生が弾いてたし。


「てなわけで俺にピアノを教えてほしいなーって」

「教える?」

「そうそう、ピアノ弾けるのカッコイイじゃん。だから俺もピアノライフを送ろうと思って」

「……できるかな」

「授業料払います」


 

 

 まだまだ道は続く。

 今から向かうはとあるイベント。

 川見には姉を見習ってイベントの詳細を教えず、サプライズで喜ばせようと思うがさて上手くいくのか。

 喜んでくれなさそうだったら全力で謝るつもりではいるが……。



 三十分後。


「よし到着」

 

 ときどき会話が途切れたりと、気まずい雰囲気もあったが何とか到着。


「ここ?」

 

 隣でキョトンとする川見。


「ここ」

 

 ここが俺が川見を連れてきたかったところ。

 目の前には大きな広場に大きなステージ。

 隣にショッピングモールがあるこの場所は、よくイベント会場として使われるらしい。

 そして今日、あるイベントが開催されておりいくつか屋台がある。

 家族連れも多く賑わっている。


「これは、何かの祭り?」

「祭りというかイベントというか」

 

 俺はチラッと川見の様子を窺う。状況を飲み込めずぼーっと立ち尽くしているが、これは驚いているのか、それとも状況をまだ理解できてないのか、どっちなのかは分からない。

 ただそこら中にある看板やポスターを見れば。


「これってもしかして……」


 気が付いたのか、微少に震えた声で川見がボソッと呟く。


「もしかして?」

「ヒーローのイベント!?」

「正解」

 

 俺がそう応えると、目を輝かせながら微笑む川見。良かった、どうやら喜んでくれたようで。俺はそっと一息ついた。

 そう、ここはいろんなアニメや映画のヒーローのキャラクターが集結している、特別イベントである。名前は『ヒーローフェス』。

 何かの情報によれば、どうやら我が地元がロケ地のヒーロー映画があるらしく、それにちなんでイベントが開催されるらしい。規模はそこまで大きくないが、なかなか装飾は派手で面白い。そして恐らく隣の人は。


「わ、私ね! 私、実はヒーローが大好きなの!」

 

 だと思いました。 

 絶賛興奮状態の川見。


「だろうと思った」

「す、すごい。な、なんで……なんで分かったの?」

「いやーまー何となくってやつ」

「へ~~えへへっやったー!」

 

 正直、めちゃめちゃホッとしている。行く途中もずっと緊張してたから、その分が一気に溶けていった感じ。

 でも良かった。

 あの川見の家にお邪魔したとき、玄関で見たたぶん幼いころの川見とヒーローのツーショット写真。間違えて川見の部屋に入ったときに、うっすらと見えた何かのヒーローのポスターぽいものが壁に飾られていた。もしかしたら、川見はいわゆるヒーロー系が好きなんじゃないかとそのときに思い始めた。確信はなかったし、全然興味ないって可能性も十分にあったんだけど。それでも一か八かかけて、そのおかげで今こうしてサプライズできたんだ。


「ねえ、写真撮っていい?」

「おう! 行こう行こう!」

 

 もしかしたら無理して喜んでくれてるとか少しだけ思ったけど。まーここまで我を忘れて喜ぶなんて、演技じゃ無理かな。

 俺は川見に連れられ、ドーム前まで行く。そこには壁一面にずらっと貼られたヒーローのポスターが。パッと見ただけでも様々な種類のヒーローがいるんだなと分かる。正直、俺はヒーローに関しては無頓着で何が何とかさっぱり分からない。


「いっぱいいる!」

 

 そんな俺の傍ら、川見は舞い上がってシャッターを連打中。子どものころに戻ったように楽しんでいる。子どものころ知らないけど……。


「大野君は写真撮らないの?」

「え、えっと、じゃー俺も撮ろうかな」


 知りもしないキャラクターを順番に撮っていく。見覚えのあるキャラクターもいるっちゃいるが。

 俺は川見の後を追うように写真を撮っていた。そんなとき、一枚のポスターの前でふと足が自然と止まる。構えていたスマホもそっと下ろした。

 目の前のポスターに写っているヒーロー。マントを纏ってカラフルなコスプレをしている、そんな世間一般的なイメージとは遠い、銀のアームで全身を包んだまるでロボットのような見た目のヒーロー。何かのキャラクターなんだろうが、地味で派手さもない。なのになぜ自分の足が止まったのか。それは恐らくあのときの。あの人に似てたからだろう。


「どうしたの?」

 

 心配そうに川見が俺に声をかけてくる。


「何でもない。それより撮れたの? 全部」

「全部はさすがに撮れないけど、私が好きなのは撮れたよ。それにしてもいろんなグッズがあるね。これとか、めちゃくちゃいい」

 

 川見が指さしたのは、いろんなヒーローが集結した絵が載っているクリアファイル。『様々なグッズが目白押し!』そう書いてあるポスターに大々的に写ってあるから、人気の商品なのだろう。


「確かにこれはいい。どこに売ってたんだろう……。いろんなグッズあるし、先にステージ見てあとでゆっくり屋台をまわろうか」

 

 川見が笑顔で頷いた。

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