第19話 過去

☆ ☆ ☆


「私、ヒーローに会いたい!」

 

 まだ身体の小さな娘は、目を輝かせながら俺にそう言う。


「そうかぁ。どんなヒーローに会いたいんだ」

「えっとね……えっと、強くてカッコイイヒーロー」

「へぇ、強くてカッコイイヒーローか。分かった、今度遊園地でも連れてってやるか。そこで会えるかもな」

「うん!」

 




「ただいま……」

 

 その日は、珍しく元気なく娘は帰ってきた。


「おかえり。遊園地に行く話だけど――」

「…………」


娘は何も言わず、自室へと向かって行った。あんな娘は初めてだった。無愛想で冷たい。


「……何かあったのか。ずっと部屋に閉じこもってるけど」

「いやー訊いても応えてくれないのよ。友達と喧嘩でもしたのかしら」

 

 妻にも理由は分からないらしい。夜飯を食べるときも、寝るときもずっと黙ったまま。一日経てば元に戻るかとか考えたけど、変わらなかった。

 一週間ほど経っても様子は変わらない。何かあったのか、学校に問い合わせても分からないと言う。原因は何か解決するにはどうするか、妻が必死に考えている裏で、俺にも何かできることはないかと。サプライズのような娘を驚かせれるようなことをしたいと俺は思った。そして思い出す、娘の言葉。


 ――私、ヒーローに会いたい!――


 脳裏に浮かぶあの笑顔。子どもは楽しむのが仕事だ。あんな辛そうに毎日を過ごすのが役目じゃない。どうやってヒーローに会わすか、そう考えた末、思い立ったのが自分がヒーローになることだった。

 

「よし、やるぞ」


 体操を習ってたこともあり、アクションには自信があった。だからいろんなオーディションに参加して、自身の長所をアピールしていった。でも世の中そんなに甘くない、受けては落ち受けては落ちの繰り返し。気づけば二年近く経っていた。その頃には娘は元通り元気になっていたが。何もできない自分に腹が立ち、絶対にオーディションに受かって見せる。いつの間にか目標が変わっていた。

 

 継続は力なり、という言葉がある。挫けず続ければ大成できる。そういう意味があるが、正にその通りになった。脇役ではあったものの、初めて合格通知を貰ったときは嬉しかった。娘も喜んでくれて。

 

 こうして髪型がリーゼントのスーパーリーゼントが誕生した。バカバカしい役を演じるんだなとか思ったけど、それでも一生懸命その役を演じきった。でもあくまで脇役、知名度も全くない。それでもいつか有名になって一流のヒーローになってみせる、中年男性がそんな夢を見ていた。

 

 でも、あるとき事件が起こった。ドラゴンが街を焼き尽くす、そんな恐ろしい事件が。このニュースを一度見て信じたものはどれほどいるだろうか。今でも信じてないものもいるだろう。ドラゴンなんて、映画の世界かよって俺も思った。でも映像や実際に見た人の証言、そして被害の大きさ、ドラゴンじゃなきゃ一体何がここまでやったんだ、そう思わせてしまうほどの悲惨さだった。

 

 そして思った。

 あのとき、娘を驚かせようと喜ばせようと夢見たヒーロー。それを使うときが来たなと。

 

 もうすっかり朽ち果てた街。帰る場所を失った人々。その人達に少しでも元気になってもらいたい。その思いで俺はスーパーリーゼントのコスプレをして復興支援を行った。荷物運びを手伝ったり、おばあちゃんと喋ったり。怖い思いをしたであろう子どもに会いに行ったり。自分なりにできることを精一杯。


「ありがとう元気でたよ」

「おにいさんカッコイイ!」

 

 皆の笑顔を見れたとき、それは一番の幸せだった。それでも、良い声ばかりではなかった。


「こんな時になにふざけた格好してるんだ!」

「バカにするなら帰ってくれ!」

「邪魔」

 

 このような声をいただいたのは現地だけじゃない。報道でテレビに俺が写ったときも、批判が殺到した。まだテレビに出て間もないときだ。変なコスプレをした一般人とでも間違えられたのだろう。そしてその批判は名前バレで娘にまでいっていた。すぐさま芸名を変えたが遅かった。


「クラスでいろいろ言われてるらしいな。俺のせいで……すまない」

 

 中学校に入って間もないときだった。娘を喜ばせようと初めたことが、まさか不幸にさせてしまうなんて、父親失格だ。


「これ以上迷惑掛からないよう、父さん。ヒーローを辞め――」

「なんでよ。続けてよ。折角主演が決まったんでしょ」

「でも……」

「大丈夫。確かに前はいろいろ言われたりしたけど、今は何も言われてないし。応援してくれてる子もいるよ」

「すまん。ありがとう」

 

 娘は笑顔で頷いた。





☆ ☆ ☆





「――でも実際にはずっといろいろ言われて。今までずっと我慢してくれてたんじゃないかって」

 

 リーゼントさんは言い終わりに深いため息をついた。


「すみません。僕も気づいてあげれなくて」

「いやいや大地が謝ることなんてない。実際いま夜空が元気そうにしてくれてるのはお前さんのおかげだろ。それはとても感謝してるよ、ありがとう。はは、父親の俺は何もしてあげれてねぇな」

「いやいや。あのスーパーリーゼントさんとして会場に現れたとき、夜空さんとても楽しそうにしてましたよ」

「そうか……それは良かった。…………すまんな、長々と喋ってしまって」

「いえいえ、重要な話を聞けて良かったです」

 

 知らない川見の過去を知れた。

 

「もし時間があればでいい。夜空と一緒に、まー遊んだりなんかしてくれねぇか。昔からそういうの好きな子だったからさ。別に俺は誰がいじめてるとかそんな犯人捜しをするつもりはない。ただ夜空に楽しんでもらいたいんだ。時間があればでいいけど」

「僕には時間しかないんで大丈夫です」

「そうか、ハハッじゃ! 任せた」

「任せてください!」

 

 俺とリーゼントさんは再び暑い握手を交わした。

 ついでに俺は訊いておく。


「あ、あと知っておきたいことが」







「いやーお待たせ」

「おう! デートはどうだったんだよ」

「それが……フラれちまったよ」

 

 いつもより声が暗いと思ったら。ぐったりとしながら佐々木はベンチに座った。


「ドンマイって奴だな」

「いやーどうしてかな~。上手くいってると思ったのに。……あ、そうだ。お金お金」

「ん? ああーいらんよお金は」

 

 え、と困惑した表情になる佐々木。


「いらない? 五千円」

「いらない。その代わりに、スーパーリーゼントさんの主演ドラマと映画。全部買え」

「はぁ? 何言ってんの。だれ?」

 

 知らない奴がここにもいたとは。俺たちはどれだけ無知だったのか。


「じゃあバイバイ、またバイト」

「お、おう、またバイトで」

 

 もう帰ったら晩飯の時間か。今日は時間が過ぎるのが早い、それにしてもあの子たちは体力化け物かよ。

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