第18話 頼み事

「別に俺は強くないぞ。強いのは映像の中だけ」

「それは知ってますよ。ていうか、普通に変装とか何もしてないんですね。もしバレたら、大騒ぎじゃないですか?」

「それが狙いだからな。……気づいた人は君が初めてだけど」

 

 ちょっと悲しげにリーゼントさんは言う。それはスルーしつつ、俺はリーゼントさんにお願いをした。


「――なるほど、面白いことをしてほしいか」

「はい」

「芸人さんではないし。笑わせれるようなことはできないが、まぁやってみるか」

 

 凧揚げに飽きたのか、二人は足早にベンチ前まで戻ってきた。


「あれ~誰か増えてる~」

「ほんとだ」

 

 意味深に二人はリーゼントさんを見つめる。


 ――よし、と気合いを入れるようにしてリーゼントさんは立ち上がった。


「面白いものを見たいんだな」

「うん! やってくれるの?」

 

 リーゼントさんは子どもに距離をあけるよう指示し、スペースを確保した。

 一体何をする気なのか。


「せいや!」

 

 そう力強く叫び、ジャンプをすると空中へとキックをした。歳を感じさせない見事な蹴り技。


「うおお」

 

 俺も自然と声を発していた。子どもたちも驚いているのか固まっている。面白いかどうかはさておき、凄い! と思った矢先。


「あああああああああ」


 地面に着地した途端にリーゼントさんは悶えだした。


「ど、どうしました?」

「つ、つったああああああああああ」

 

 どうやら脚をつったらしい。裏返ったゴキブリのようにリーゼントさんはもたつきだす。

 それを見た子どもたちは。


「はははははは。バカだ!」

 

 バカにするように笑い始めた。


「ちくしょう、俺としたことが恥ずかしい!」

「おじさん面白」

「バカにしてるなあ~」

 

 そう笑いながらリーゼントさんは立ち上がると、子どもたちを追いかけ始めた。


「待てええええええ」

「きゃあああああ。逃げろおおお」

 

 歳の差およそ四十の鬼ごっこが始まった。





「はーー」

 

 完全に疲れきったリーゼントさんは、ベンチに座り込んでいた。


「さすがですね」

「あーまぁな。笑わせることはできなくても、笑われることはできる」

「身体をはってまで笑かすとは。脚はもう大丈夫なんですか」

「んなもん初めから大丈夫だ。あれで脚をつるとでも? 何年この道を歩んできたと思ってんだ」

「え! あれ嘘だったんですか」

 

 心配した自分が恥ずかしくなる。


「さ、さすがです! まんまと騙されましたよ! これぞ役者魂ですね」

「ああ、俺とまでこれば、あれぐらい余裕よ。ま、本当に脚はつったんだけどな」

「つったんかい」

「ハッハッハッハ」

 

 ベンチにもたれながら高笑いするリーゼントさん。戦ってもないのに負けた気分だ。


「体力すごいな~」

 

 遠くで走り回る子どもを見て、リーゼントさんは呟く。

 本当にそう思う。座ってるだけで体力がもっていかれるこの日に、二時間近く遊んでるのだから。俺の子どもの頃でもそんなに体力があった記憶がない。さすが佐々木家って感じだな。



「あのー一つ訊きたいんですけど。リーゼントさんは何でヒーローを演じてみようと」

「何でかって。子どもの憧れになってやろうと思ったんだよ」

 

 誇らしげにリーゼントさんは語る。


「へえ~子どもの頃からの夢だったんですか」

「そういうわけじゃないがな」

 

 空を見上げ、記憶を思い出すようにしながらリーゼントさんは続けた。


「俺が若いときは夢も何もなかったよ。ただひたすらに見えた道を進んでるだけだったなー。妻に会うまでは……あ、そうだ」

 

 何か思い出すようにすると。


「なー名前なんていうだっけか」

「大野大地と言います」

「大地。ありがとな、夜空と仲良くしてくれてな」

「は、はぁ……」

「それでだ。ちょっとお願いがあるんだ」


 お願い……。

 この夏休み。内海やら佐々木やらリーゼントさんやらやけに頼まれ事が多い気が。


「俺は明日には仕事でここを離れることになる。まーまたすぐ戻ってくるつもりだけど、夜空の面倒みたってくれねぇか」

「夜空さんの」

「面倒っつってもあれ、オムツ変えるとかそういうことだぞ」

「そういうことなんですか!?」

「うそうそ冗談」

 

 軽い冗談を言ったあと、リーゼントさんはまた真剣な表情になる。


「普段は人にはあんまり言わないようにはしてるんだけどな。 夜空、いじめられてるかもしれねぇんだ」

「え…………」


 その言葉に空気がガラッと変わる。

 川見がいじめられている――。

 同じクラスでもそんな光景は見たことないが。見なかっただけなのか。


「分かんねぇけど。直接あいつから訊いた訳じゃないんだけどな、部屋に入ったときに日記を見つけて。その内容が、決して良いものじゃなかった」

「俺も同じクラスなんですけど、気づきませんでした」

「ふーむ、もしかしたら陰口とかそういうのなのかもしれない。それの原因が俺のせいかって思ってもいるんだ」

「え、何でですか」

「実は前にもこんなことがあって――」

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