第26話 命

 ――グオァァァァァン――


 突然、耳を覆うその音。

 咄嗟に海の真反対方面へと顔の向きを変えた。確かに今、確かに何か聞こえた気が。


「ね、ねぇ。何か聞こえなかった……いま――」

 

 私が顔の向きを戻すとすぐに、大地が震えているのが分かった。


「だ、大丈夫」

 

 言葉にもできないような様子で、目を輝かせていたさっきの顔とは打って変わって、何かに絶望しているよう。


「ね、ねぇ大地」

「に、逃げないと、速く!」

 

 大地は私の手を取り、この山から降りようと走る。しかし。


 ――ドドドドドドドドドド――

 

 地面が大きく揺れ始めた。私はバランスを崩して倒れてしまう。


「じ、地震?」

「…………ち、ちがう。こ、これは………………」

 

 空を見ながら固まる大地。私は何かいるのか、同じ方角を見る。


 あ、あれは一体何。何かとてつもない大きな物が。夜の暗闇に溶け込む何かが、空を舞いながらこっちに向かってきている。

 あれが、あれが。 


 ――ドラゴン――


「きゃああああああ」

 

 ドラゴンが街を通過したと共に、恐ろしいくらいに強い突風が私たちを襲う。必死にお互いにしがみつきながら、何とか耐えるがまた柵まで吹き戻されていた。

 やばい、やばい。崖に落ちる寸前で何とか柵に捕まる。

 手の震えが止まらない。足もくすんで上手く動かせない。身体が、身体が怯えている。

 それに揺れが一向に治まらない。どうして、何で。この山だけ何故か揺れて……。嫌な予感が芽生え始めたが、的中した。


「よ、夜空。この山、崩れ始めてるよ!」

「え、嘘でしょ」

「急がないと! 柵の近くにいたら危ない! うあ」

 

 何とか立ち上がる大地だったが、揺れに耐えれずまた転けてしまう。どうしようもない絶望感。この世界にヒーローがいるなら、どうか……どうか私たちを。


「俺が……俺が何とかしないと」

 

 大地は揺れ動く地面に耐えながら、その場に立ち上がった。


「よし! 夜空! 俺の手を」

 

 倒れ込む私に、大地は手を差し出す。私がその手を掴もうと、右手を前に出した瞬間。

 

 崖崩れが起こった。生き物ように動く地面、形が変わっていく。さっきまであったはずの地面が。街へと流れ落ちて。ここにいたら私も巻き添えが……。


「ああ」

 

 真後ろにあったはずの柵が落ちていく。真下にある地面が崩れ出す。何故かスローに見える。ああ、落ちていく。私はもう……。目の前の大地が私にしがみついてくる。

 

 


 ――私は……私たちは――





「……ここは」

「病院だよ。大丈夫、すぐに親御さんが迎えに来てくれるからね」

 

 優しく声をかける、若い女性の看護師。

 いつの間に病院に。記憶がない。

 私は……何を。

 どうして、ここへ…………。


「大地は!」

 

 咄嗟に上げた声で少し身体が傷む。

 でもそんなところじゃない。 


「ねぇ大地は無事ですか?!」 


 どうしてか女性は口が詰まる。


 そんな……。

 ダメダメダメ、そんなのいや。

 ありえない、絶対にありえない。

 そんなの信じない。

 

 お願い、神様お願い。


 ――彼とまだ一緒にいさせて――





 でもその願いは届かなかった。突き刺さった矢が取れないまま、全ての終わりは迎えてしまった。


「そんな!」

 

 誰かが泣き崩れる声が、廊下から聞こえる。

 誰かが自分に怒りをぶつけるよう叫び悔しむ声を。

  

 きっと奇跡は起こる。私はぐっと祈る。でも身体はそうじゃなかった、悲しい涙が目から落ちていく。溢れ出るどうしようもなく、止まる気配もない、流したくもない涙が。


「ううう…………」

 

 きっと彼は私を守ってくれたんだ。自分の命と引き換えに、私を守ったんだ。

 私のせいで、大地は死んだ。

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