第25話 花火

「よしついた! この先!」

「へ~真っ暗じゃん、ちょっと怖い。大地はこういうの得意なの?」

「一人だったら行けないな。でも夜空がいるし」

 

 大地は一歩、また一歩と足を進め始めた。私もその少し後ろを歩く。


「少し登るけどすぐつく」

「分かった」

 

 ゆっくりと木々に囲まれた森道を進んで行く。


「この山さ、お姉ちゃんが連れて行ってくれてたんだ」

「ここに?」

「そう、小学生のとき。懐かしいな~」

 

 ため息混じりに大地はそう口にする、重く切ない声で。


「夜空さーヒーローに会いたいって言ってんだろう、リーゼントさんが教えてくれたけど」

「子どもの頃の話だよ」

「実はさ俺、ヒーローに会ったことがあるんだ」

 

 前を向いたまま話を続けている。


「へ~、イベントとかで?」

「いや本当に。この世界にいるヒーロー」

「本当に?」

「そう。本当に空を飛び回り人を助けるヒーローがいるんだ。あの七年前に日本を襲ったドラゴンも、きっとその人が倒したんだと思う」

 

 冗談だと思ったけど……。真剣に、深刻な面持ちで喋る大地を見ると本当なのかもしれない。でも……。


「でも、もしそんな凄い人がいたらとっくに有名になってるんじゃ」

「誰にも気づかれないよう、世間的に目立たないようにしてるんじゃないかな。自分が誰かとか名乗らず、ピンチのときに駆けつける。何か主人公みたいでカッコイイでしょ」

 

 友人を自慢するように語る。


「なら会うのは難しいような」

「まぁ、でも会えないとは分からないし。それにいつか夜空に会わせてやりたいな」

「うん、私も会ってみたい。……ていうかこの感じ、もしかして大地君がその人だったりして」

「かもね。…………そんなわけないけど。でも本当にこの世界の主人公ってあの人なんだと思うな……………お! 見えてきた」

 

 大地が指すほうに出口ようなのがある。いや入り口と言うべきか。そこへと真っ直ぐと向かう。


「とうちゃーく」

「うわぁぁぁぁぁぁ」

 

 パッと飛び出したと同時に感動の声が漏れ、圧巻な景色に私は騒然と立ち尽くした。絶景に覆われ目を奪われる。

 いつになく輝く夜空に、それに照らされた暖かい街並み。これは凄い。


「ね、凄いでしょ。俺も初めて来たときは夜空と同じような反応だったよ」

「へえええ、これ、あ、あれ。あ、ええええ」

 

 自分でも上手く喋れてないのが分かる。一瞬に目に焼き付いたこの眺望は、これからも残り続ける思い出になることを確信した。


「じゃああと五分ぐらいで花火が始まる。意外とギリギリだった」

「う、うん。これは…………衝撃。ここっていつからあったんだろう」

「俺が小学校のときにはもうあったし。結構前からあるんじゃないかな。ハイキングの休憩場とかに使われてたんじゃない?」

「なるほど…………ここで休憩してたら動けなくなるって」

「確かに」

 

 大地はニッと笑いながら、私の言葉に賛同した。


「もうすぐだ。もうすぐで上がる、花火が」

 

 時間が近づくにつれ緊張してくる。柵に手をかけながら私たちは待つ。


「本当に綺麗な夜空……」

 

 何故かその言葉に心臓がドキッとした。それは大地も気づいたらしい。


「あ! ち、違う今のはこの空の……。でもその浴衣姿、凄い綺麗だよね。言うの遅れたけど」

「…………ありがとう。会ったときに困惑してたから、似合ってないと思った」

「そんな訳ない! なんかごめん」

 

 自分の照れを隠すために少しおちょくる。すると、改まったように大地は私のほうを向いてきた。


「あのさ夜空。渡したいものがあるんだけど」

「え、なになに」

 

 かしこまったと思ったら、何やら薄く悪そうな笑みを浮かべている。鞄から大地はあるものを取り出した。


「はい! 夜空、誕生日おめでとう」

 

 そう手渡してきたのは黒のパーカーだった。


「ええー私に!」

「そ、そう」

 

 滅茶苦茶嬉しいのに、大地は何やら不満げな様子。


「どうしたの? 嬉しいよ」

「まーあの袋から取り出してみて」

 

 私はビニールから取り出し、パーカーを広げてみる。


「あーなるほど」

 

 暗くてもそこに何の絵柄があるかすぐ分かる。これは、どういう。


「えっとー貴方の父上からの希望で。こちらを」

「ちょいちょいちょいちょい。いや…………嬉しいけど、嬉しいけど着たいような着たくないような」

 

 ガッツリとスーパーリーゼント役の父さんの絵があった。どれだけ娘に推させたいのよ自分のこと。


「今日誕生日っていつ知ってくれたの?」

「つい最近かな。公園でたまたまリーゼントさんに出会って、そのときに訊いた。このパーカーを欲しがってたって言ってたから買ったんだけど……多分まんまと騙されたよね、俺」

「うん。騙されてる」

 

 数秒沈黙があった後、だんだんと笑いが込みあげてきてお互い吹き出してしまう。


「もう! リーゼントさん! おかしいと思ったんだよ!」

「ほんと……バカだなー」

 

 何故かツボって腹を抱えて笑いあうなか、空に地上から流れ星のように上がっていく光りが見えた。


「あ」

 

 そう言った瞬間、バンッと大きな音をたてながら一つの花が空に咲く。


「始まった!」

 

 それに続くようにどんどんと花火が打ち上がっていく。……綺麗。

 いろんな形、色、大きさの花火が咲き乱れ散っていく。その一瞬の輝き、消えいく光りが何とも美しいのか。この儚なさが花火の魅力なのかもしれない。


「誕生日プレゼント。ちゃんと用意できなくてごめん」

「ううん。謝ることないよ。むしろ私が感謝しないといけないこと山ほどあるし。それに誕生日プレゼントだったら、今この目の前の景色で充分」

 

 私たちは何も喋らずその花火に夢中になっていた。チラッと横を見ると、目を輝かせながら大地は花火を眺めていた。言葉にしなくても気持ちが伝わってくる。









――ああ、この花火が一生終わらなければな――


 

 そう心で思ったりもしてたっけ。美しい夏の世界へと私たちは踏み入れていた、あのとき見てた未来はきっと明るかったはず。だから、だからこそ迫り来る危機に気が付かなかったんだ。蘇るあのときの脅威は、未だに身体に染みつき支配してしまっている。

 私はそっとフードを外す。降り続ける土砂降りの雨。

 そして願う。


 ――この雨が記憶、想い出、そして罪を、全て洗い流してくれることを――


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