第24話 夜空

「もう二度と射的はしない!」

「ハハハハッ。世の中そんなに甘くはないって奴だな」

 

 何の成果もありませんでした。

 隣で楽しそうに笑う大地。それにつられて何故か自分も吹き出してしまう。


 休憩を兼ねてステージを観覧することにした。

 来たときはダンスをしていたが、今はステージ上に楽器を置かれ演奏が始まっている。真ん中にはマイクがあり、そこを通じて一人の女性が透き通った声質の歌を響かせている。


「この歌、知ってる?」

 

 大地が私に訊く。


「ううん、知らない。でもいい歌だよね、何て名前なの?」

「俺も知らない。川見が知っていたら教えてもらおうと思ったけど」

「なるほど」

 

 多くの人が観覧席に座っていた。私たちは遠慮して後方から立って聴いていた。


「なんか……なんかさ」

「うん」

 

 大地が何か考えるようにしながら、歌ってる女性を眺めている。


「いや……なんか若干だけど、内海に似てない?」

「内海先生?」

「そう。あの歌ってる子」

「ああー言われてみれば。顔立ちが少し面影があるような」

「うん。確か娘さんもいるっぽいこと言ってたし、本当かもしれないな。だとしたら今日来ているのかな」

 

 周りを見回してみる。

 それらしき人物はいないけど……。


「可能性はある。会ったら私も言わないといけないね」

 

 いろいろ迷惑かけちゃってたから。たくさん謝らないと。

 

 

 彼女の歌声につられてか、次第に人も集まってくる。

 それぐらい身体が吸い込まれるような綺麗な歌声だった。

 


「あそこに立つのってどんな気持ちだろうって考えたことある?」

「ステージの上か……。俺はステージの上なんかに立つ特技はないから考えたこともないかな。川見ってピアノできるじゃん。ステージで弾いたら?」

「それは遠慮しておく。あんな人に見られるのって正直自信ない」

 

 多分、あんな大勢の人に見られたら緊張して弾けなくなる。絶対に。


「でも合唱コンクールで弾いてたし。すげぇ上手かったじゃん。絶対やったら良いと思うけどな~」

「ほ、ほんとかな」

「うん。今年は観客として、来年は出演者として。来年の目標が決まったな」

「来年、あのステージに。ていうか一般人でも立てるのあそこ」

「実力があれば立てるでしょ。川見は余裕で実力あるし、ちょっと主催者にアピールするだけで出してもらえるよ」

「ならいいな。うん、分かった。頑張るよ、私」

 

 よし! 私は心に誓う。挑戦してみよう、今なら何でもできる気がした。



 ――パチパチパチパチ――



「いやーいい歌声だった」

 

 拍手をお送りしてステージの幕は閉じた。


「まだ時間あるし、屋台はまわれるだけまわるか」

「うん! もう一回だけ射的さして」

「結局やるのかい。いいけど! 今度こそ!」



そこから射的をしたり射的をしたり射的をしたり、お金があるだけまわる。一通りまわった後に気づいた、自分がどれほど夢中になっていたかを。時間を忘れて世界に引き込まれてるような気分になった。暗くて醜い過去を忘れて、明るくて楽しい今が私を包んでくれていた。


「やることほぼなくなっちゃったね。景品は何もないけど、でも楽しかった。本当楽しいことって一瞬で終わるね」

「でしょ? 一瞬に過ぎていくでしょ。もう一時間経ってるからね」

「え! 一時間経ったの? 本当に一瞬だね」

 

 家に引きこもっていた長かったあのときが嘘みたいだった。

 あの罪悪感に包まれた時間。

 動きだそうにも動けない。ゆっくりと進む時間をただ見つめ。

 戻りも止まりもしない。思い通りに動かない、ただ進むその時間を、忘れることができるなんて。


「もう一時間経ったってことだから。そろそろ花火を見るために場所を移動しよう」

「は~なんかワクワクするな」

 

 花火も久しく見ていない、ちゃんとした花火は。あの美しい夜空に混ざる光る花が、子どもころに目に焼き付いたのをよく覚えている。圧倒的な迫力と美しさ。忘れる訳がない。

 はぐれないように気を付けながら、大地の後をついていく。


「二十分ぐらい歩くことになっちゃうけど。きっと、きっとそこから綺麗な花火を見れるはずだから」

「うん。花火が汚く見えちゃうところなんかないと思うけどね」

「確かに。あれだ。すぐそこに見える小山の上から見たいんだよ」

 

 花火が打ち上げられる海から祭り会場を結んだその延長線上に見える小山。普段からよく見る小山だけど、登れるのは知らなかった。


「あそこかー、いいじゃん!」

「登るには後ろからじゃないとダメだから遠回りにはなっちゃうけど」

「いいよ。ついていく」

 

 皆は花火を観るため海岸沿いに集まり出す。その真反対の方面へと私たちは向かった。勿論、人通りも少なくなっていく。すっかり暗くなった夜の空。





 ――思いもしなかった夏休みになった。そして楽しかった――




 

 あの頃の私に、今年の夏休みは楽しかったよってそう言っても信じなかっただろう。

 あそこで彼が部屋に来なければ、まだ部屋に閉じこもっていたかもしれない。でも来てくれたからここにいる。夜空の下を歩いている。


「あれ? か、川見。どうした?」

「ん?」

「い、いや泣いて……るけど」

「は!」

 

 咄嗟に私は目元を拭った。もういつもいつもどうして、私……なんで。


「だ、大丈夫?」

「い、いや違うの! 何か、何か夏休みの思い出振り返ってたら涙が」

 

 私の言葉に一瞬黙る大地だったが、すぐに吹き出してしまう。


「プハハッなんだそれ! 可愛いとこあるじゃんか」

「う、うるさい! な、なんでだろう。もう終わっちゃうからなのかな……」

「そうかぁ……もう終わりか夏休み。でも今年と同じ夏休みは来ないかもしれないけど、来年再来年と夏休みが消えることないから」

「……うん、分かってる」

「そのときはまた一緒に遊ぼうよ」

「夏休み限定? 私たちって」

「いやこれからもずっと毎日……よろしく…………夜空……?」

 

 照れくさそうに大地は私を下の名前で呼ぶ。それを隠すように語尾にクエスチョンマークを付ける。


「顔真っ赤だよ」

「違う! いや……そうかもしれない。俺、普段下の名前で呼ばねぇから慣れてなくて」

「慣れてないなら無理に呼ばなくても」

「いや。川見って呼ぶとリーゼントさんと被るから。ほら! 世界の川見さんが振り向いちゃうじゃん。だから」

「ふふっバカなの」

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