最終話 片隅

『――ですが今回の災害による死亡者は二人、七年前の災害より何倍もの人々が無事――』

 

 私はテレビの電源を消す。


 悔しさの涙が、私の顔を滴り落ちる。

 私のせいなんだ、私のせいで。





 ドラゴンの襲撃による被害は少なかった。マンションや住宅街は無傷ではなかったが、夏祭りにより多くの人が集まった海沿いの被害報告はゼロ。要因は鎧に身を包んだ謎の人物が、市民をドラゴンから守ったからだと。おそらく私が記憶を失ったあと、その人は現れた。マスコミはその人をヒーローと呼んだ。

 

 ヒーローの目撃情報でマスコミ業界は盛り上がっていた。ドラゴンを倒し、多くの人を守ったその方を皆が興味を持っていた。


『実際にヒーローに助けてもらった方から話を聞きたいと思います! 本日はお願いします! まず最初にどんな方だったのでしょうか』

『凄い格好良かったです! もう死んだなって思ったときに、救世主みたいに現れて。本当に命の恩人です! 感謝しています!』


 次第にテレビやSNSなど、どこもかしこもそのヒーローについての話題で持ちきり。皆が夢中だ、それも全てヒーローを称えるようなもの。未だに正体は分からない、声を聞いた方の証言で男だと情報はある。でも歳も分からないし謎に包まれている。でも、いやだからこそ、謎が多いからこそ神のように称える人が多い。大地の言っていた通りだ、この世界の主人公は彼だ。

 そして私たちはモブなんだ。物語の深さを伝えるためのモブでしかない、相手の脅威を知らせるための脇役でしかない。この世界は街を救ったヒーロー。彼が世界の中心で回っている中で、私たちはその輪の片隅の人間でしかない。隅っこで生きて遠くから中心を覗き、暗闇で死んでいく。誰にも分からぬよう静かに死んでいく。これが片隅の人生なのだろう。







 私は雨が嫌いだ。理由なんて簡単、濡れるし冷たいし、晴れ渡る空の下で暮らすほうが絶対に良い。それでも今だけは、この雨に縋り付きたかった。

 

 ――これからどうすればいいのだろう――


 大地だって夢があっただろうに、したいことが沢山あっただろうに。でももうそれを叶えることはできない。

 

 これ以上濡れてももう変わらない、そんな限界まで雨に打たれ濡れている。冷たい感触がずっと残る。


「もう…………どうしたら! どうしたらいい?」

 

 自分に問う。膝に頭をつけ身体をグッと抱えて、自分に問う。答えが思い浮かぶまでずっとこうして……。

 

 音が変わった。打ち当たってきた空からの水の感触がなくなる。雨が地面にぶつかる音が、自分の頭上から聞こえてくる。パッと頭を上げた。傘だ、黒い傘が。


「何してるの、風邪引くよ」

 

 誰かは分からない、知らない女性が私の上を傘で覆ってくれていた。


「あ、ありがとうございます」

「辛いことでも?」

「い、いえ……いや、まぁーそうなんです。辛くて毎日が」

「うん」

「もう何をしようとも元気が出ないんです」

 

 立っていた女性はゆっくりとしゃがみ座る私と目線を合わせた。


「何もできないの? 何もしていないの?」

「何もしていないです。とにかく元気が出なくて、何をする気も起きない」

「元気を出すには素材が必要。それを見つけるには前に進むしかない。私はそう思うよ」

 

 言い終わるとニッと笑い、私に傘を差し出した。

 女性はそのまま去っていく。背中越しに手を振りながら、降り注ぐ雨の下を歩いて行く。


 前に進むしかない……。

 

 私はその傘を握りしめ、強く強く握りしめ、ベンチから立ち上がった。

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片隅の人生 はなのあ @greenbanana

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