第4話 出会い

「こんにちは、家に何か用かい?」

「こ、こんにちは。はい、用がありまして。……あの、もしかして……夜空さんのお婆様ですか?」

「そうじゃ。でも、そんなお婆様なんて呼ばれるほど、大層な者ではございませんよ」

「お、おばあ、お――あの! わたくし、夜空さんと同じ高校、同じクラスの大野大地と言います。あの、夜空さんはいらっしゃいますか?」

「ええ、いると思うけど。とりあえず中に入りなさい。あの子も喜ぶじゃろ」


 さすがに家に踏み入るのは断ろうとしたが、玄関を開けたまま待ってくれているおばあちゃんになんだか申し訳なくなり、よそよそしながらも俺は家に侵入した。少し狭めの玄関に、靴箱の上には家族写真が並べられている。


「失礼します」

「はい。いらっしゃい、いらっしゃい。どうぞ、お座り」


 我が子に見せるかのような微笑みをするおばあちゃんに案内してもらい、俺はリビングの椅子に座る。「はい、どうぞ」と、お茶と大量のスナック菓子を手元に置いてくれた。


「すみません。ありがとうございます。でも、すぐ帰るつもりなので、ここまでしていただきなくても」

「遠慮せずに。どうせ、家にあっても誰も食べん」

「そう……なんですね。ありがとうございます」


 申し訳程度に小さな菓子袋を一つ開け、物色する。……上手い。家で食べるより上手く感じる、不思議だ。ただ夢中になって食べ過ぎないように、すぐさま手を止めた。


「あの、おばあ……ちゃん? さん。昨日も一回ここに来させていただいて、そのときポストに学校からのプリントを入れておいたんですけど、それはおばあ――ちゃんが取っていただいたんですか?」


 いつの間にかソファで横になっていたおばあちゃんに、俺は尋ねる。


「いやあ、私じゃない。真知子が取ったんじゃろう」

「真知子……さんは、夜空さんのお母さん?」

「ええ、そうじゃ」

「お母さんは今は仕事ですか?」

「そうじゃ。最近忙しいみたいでな、今日も家に帰っては来ん。だから私が面倒見に来てるわけじゃがな」

「……なるほど」


 昨日留守だったのも忙しかったからなんだろう。でも。そう考えると川見はいた可能性はやはり高いんじゃ。


「ああ、そういえば夜空に用があるんじゃったか。上におるから、会いに行ったりぃ」

「あ、ええとー、やっぱり帰ります! 何となく僕の出る幕じゃない気がしてきまして」


 俺は立ち上がりそう言うと、驚いた様子でおばあちゃんは振り向く。


「お菓子のお返しはまた渡しに来させていただきます! それでは!」

「これ!」


 お辞儀をして出て行こうとする俺を呼び止めるように、おばあちゃんは声を張る。


「お菓子で口周りが汚なっとる。せめて洗ってから行きなさいや」


 一瞬怒られるかと思ってビクついたが、こちらにも気に掛けてくれる優しいお婆様だ。


「分かりました」

「二階に上がって、すぐ左の部屋に鏡と洗面所がある。そこを使いなさい」

「はい」


 一礼し、俺はそそくさと階段を上った。一階に洗面所は無いのかな、と内心疑問に思いつつ二階に到着。


「上ってすぐ……ここか」


 可愛く装飾されたドアのノブに手を掛けて、俺はガチャッと開けると。


「あ……」


 そこには川見夜空がいた。


 寝癖が残ったままの姿で、何かノートにメモをしていたのか、俺が入った瞬間慌てて隠すように引き出しにしまった。俺も即座に扉を閉める。


 ――な、なんで。


 二階に上がってすぐ左の部屋ってここしかないよな。あれ、俺の聞き取りミス?!


「ご、ごめん! 洗面所に行こうとしたら部屋を間違えて!」


 扉越しに声を張り上げてそう言ってみるが、川見からの返答は何もなかった。俺は続けて喋る。


「あ、あの! 俺、同じクラスの大野大地と言います! ……えっと、元気そうで良かった!」


 ……。

 やはり部屋から声がすることはなかった。まあ、そうだよな。いきなり来ても困るだけだよな。


「もし……何か言いづらい悩み事とかあれば! 味方になりますので!」


 そう言い残し、帰ることにした。最後まで返事はない。


「お邪魔しました。失礼します」

「おや、洗面所へは行けたのかい?」

「あー、えっと。これぐらい自分の家で洗います。失礼します」


 わざわざ外までお見送りに来てくれたおばあちゃんに、深くお辞儀をして自転車を走らせた。


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