第4話 自分語り

明日からゴールデンウィークだ。

と言っても遊びに行く予定も無いし、どうやって時間を潰すか悩んでしまう。

「なあ」

友達はいないし、家の居心地も良くはない。

外は田畑と山ばかり。

田舎なんて退屈でつまらない。

「なあ、目高」

「日高だよ!」

このヤンキーが!

村崎という苗字だから、陰でパープル村崎というダサいアダ名を付けていることをバラしてやろうか。

「線が一本多いくらいでガタガタ抜かすなよ。都会人は細けーな」

「やかましいわ!」

一応、いきどおってみせるものの、その実、こんな軽口を叩いてくれるようになったことがちょっと嬉しくもある。

「お前、あたしなんかとしゃべってばっかでいいのか?」

……人が喜んでるのに変な気を遣いやがって。

「心配するな。転校初日にクラスの委員長と会話した」

「初日だけかよ!? つーかアイツは面倒見がいいのにそれっきりなのか!?」

いわゆる真面目系の委員長ではなく、陽キャでクラスの人気者タイプの委員長だ。

「いや、学校を案内するよ、と言われて」

「うん」

「こんな小さい学校、案内されるまでもないよと返した」

「……」

「ついでに、スカートが短いからパンツが見えそうだぞと注意しておいた」

「お前……パンツを見るよりセクハラを優先したのか?」

「セクハラでは無い! これ見よがしにスカートをヒラヒラさせてたから注意をうながしただけだ!」

正直、苦手なタイプの女子だったのだ。

中学のとき好きだった子と、少し似ているかも知れない。

「でもさぁ、ウチの学校、スカート短い女子が多いから、お前も誰か好きになるんじゃねーか?」

「なんだよ? まるで人をパンチラで恋する男みたいに」

「お前が自分でそう言ってたよな!?」

「僕はさ、中学生になってからネットデビューしたんだ」

「は?」

「あなたは十八才以上ですか? はい、という嘘を何度も繰り返し、謀略と欺瞞ぎまんに満ちたネットという大海に飛び込んだんだ」

「いや、何を言って……」

「数えきれないほどのトラップに引っ掛かり、ウイルスソフトの警告音に心臓が止まりそうになったこともあった。そうやって、あらゆるものを見て、知りたくないことも知った。得たものも多かったが失ったものも多かった」

「……」

「パンチラよりも遥かに凄いものに目がくらんで、自分の立ち位置を見失いかけたこともあったんだ」

「……」

「でも、結局、巡り巡って戻ってきてしまうんだよなぁ」

「……パンチラに?」

「ああ。ただ、パンチラに惑わされて恋に落ちるようなガキではなくなったんだよ」

「そ、そうか」

「でも、感慨深いな」

「な、何が?」

「こうやって僕が、女子と下ネタで盛り上がり、恋愛話に花を咲かせるなんてな」

「盛り上がってねーし、花も咲いてねーよ!」

「?」

「心底不思議そうな顔してんじゃねー!」

「まあいいや。で、結局のところ何が言いたいんだ?」

「え? あ、いや、明日からゴールデンウィークだしさ」

「ああ、それが?」

「つ、つまり、友達くらい作って遊び回った方がいいんじゃないかってことを」

「友達なんてメンドクサイだけだよ」

「でも彼女は欲しいんだろ?」

「彼女なんてメンドクサイだけだよ」

「いや、でもお前、エロいことばっか言ってるし、エロと恋愛は直結するんだろ?」

「んー、パンツは見たいけど彼女はなぁ」

「パンツが見れりゃあそれでいいのかよ!?」

「そうだな。パンツは裏切らない。いや、そうでもないか……」

「何でそこで難しい顔になるんだよ! 一周まわって生命の神秘かと思っちまうじゃねーか!」

「そうか……君も深淵しんえんを見たか」

「……はぁ」

「君は溜息が多いな」

「察するにアレだろ? 期待して裏切られるくらいなら、物質に依存しようっていう……」

「こら、僕の心情を赤裸々に暴くな」

「……はぁ」

今度は苦笑混じりの溜息だ。

しょーがねーヤツだな、みたいな表情が、少し僕を困惑させる。

誰とも仲良くなるつもりは無かったし、ましてやヤンキーなんて嫌いなはずなのに、このヤンキーちゃんと話すのは心地いい。

「ふ、柄にもなく随分と深いところまで自分を語ってしまったな」

ヤンキーちゃんは苦笑いしたままだ。

そんな笑みもまた、心地よく感じられる。

「……空、綺麗だな」

何故か僕は、脈絡も無くそんな言葉を口にした。

なのに彼女は戸惑いもせず、

「そうだな」

とだけ言って、転校初日に見せてくれた、ドキッとするような笑みを浮かべて空を見上げた。

自分のことを話す、それを誰かが聞いてくれる。

ただそれだけのことが、案外とこの青空みたいに清々しかったのかも知れない。

……話の内容は全く清々しくなかったけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る