第15話 チクチク
教師の話が退屈だと、つい隣の席に目を向ける。
せっせと黒板の文字をノートに写すヤンキーちゃん。
だらしなく
ただただ、綺麗だな、と見入ってしまうのだ。
「なんだよ」
つつじが僕の視線に気付く。
「いや、君は頭が悪いし大変だな」
思っていたことと全く違うことが口から出てしまった!
でもまあ、実際のところ、つつじの成績は悪い。
見た目こそヤンキーだが、遅刻はしないし授業はサボらないしタバコは吸わないし安全運転だ。
何より、僕が失礼なことを言ったのに、怒るどころか
てめえコノヤロウ、と胸ぐらを掴むくらいのスキンシップをしてほしいのだが。
贅沢を言えば、太ももで顔面を挟んで締め付けるくらいのことはしてほしいのだが。
「勉強会でもするか?」
休み時間、思いつきでそんなことを言った。
この学校のレベルは思ったより高かったが、僕は上位圏にいる
つつじが思案顔になる。
「その前に……」
まあ期末テストまで日があるし、勉強会はもう少し後でもいいのだが。
「頼みっつーか、その、行きたいところがあるっつーか」
歯切れが悪いな。
「いつものように、付いてこいよ、って言えばいいだろ」
「いつもそんなこと言ってねーよ!」
「とは言え今さらだろ。桜も見に行ったし猫と一緒に遊んだし、夏には泳ぎに行こうとか言ってたじゃないか。何を遠慮することがある」
「いや、それは……そうなんだけど、その、夜だし……」
「え? 夜にお出かけ?」
チラチラこちらを
ちょ、ドキドキするんだが。
「二人で?」
こくり。
「夜に二人っきりで?」
「ふ、二人っきりとか……言うなよ」
頬を染めて顔を伏せる。
初夜を迎える新妻のようだ。
「判った」
「い、いいのか?」
顔を上げると、ホッとしたような柔らかな笑みが零れる。
くっ!
まるで春の草木が萌える瞬間、少女の瑞々しさと微かな色香が混ざり合って香り立つみたいな、そんな表情ではないか。
「誰にも内緒なんだな?」
「え? いや、かあちゃんが一人は駄目だって言うからさ」
は? かあちゃんって何?
「門限は七時なんだけど、二人なら十時までいいって」
ヤンキーなのに門限厳守かよ。
ていうか、
「それは親公認ということか?」
「公認? そうなんのかな」
「で、どこに行くんだ?」
ワクワクが止まらない。
まさか公認でラブホってことは無いだろうが。
「子供の頃にさ、めっちゃ蛍が沢山いる場所を見て、また行きたいと思ってたからさ」
は? 蛍だと?
蛍は蛍でワクワクするが、少年的ワクワクと思春期男子の性的ワクワクは比ぶべくもない。
比ぶべくもないのだが──
「お前にも見せたいって思ったし」
つつじの目は、子供のようにキラキラしている。
無垢な、少年的ワクワクと同じなのだろう。
性的ワクワクは簡単に、胸がチクチクに切り替わる。
つつじと話していると、ワクワクチクチクする。
「えっと、言いにくいんだけど」
「何だよ、駄目なのか?」
「いや、そうじゃなくて、蛍って、交尾の相手を求めて光ってるんですが」
「そ、それが何だよ」
「つまり、つつじは彼らの秘め事をつぶさに観察したいと?」
「誰もそんなこと言ってねーよ!」
ふざけたことを言っていれば、チクチクは収まってくる。
「ロリつつじがワクワクしながらピカピカ光る蛍を見て目をキラキラさせていたわけか」
もしかしたらそれは、今も変わらないのかも知れない。
「ロリつつじって言われると、幼い頃の思い出が汚される気がするけど、でも、うん、ピカピカにワクワクドキドキして、全てがキラキラしてたな」
少し弾んだ声に、幼さが混じる。
「まあ秘め事を覗き見るのはワクワクドキドキするもんだ」
どうして僕は、茶化さずにいられないのだろう。
君がピカピカして僕がワクワクドキドキして、君が蛍を見たときと同じような感覚が僕にもたらされても、それでもチクチクするばかりで僕はキラキラ出来ないからだろうか。
「なあ、つつじ」
「ん?」
「君が子供の頃に見て、今もその感動を憶えているように、僕もそれを見て心に留めておけるだろうか」
そんな、答の出ないような問い掛けに、つつじは小首を
キラキラしてて、チクチクした。
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