第16話 ヤンキーvs委員長

「ちょっと小耳に挟んだんだけど」

今日は梅雨の晴れ間が出て、空気が爽やかだった。

だが一瞬で、絡み付くような甘ったるい空気に変わったかに思えるのは気のせいだろうか。

目の前に委員長がいる。

「出来ることなら小耳じゃなく、その胸に挟んでくれ」

「へ?」

「いや、なんでもない」

委員長が僕の机に手を付いて、上半身を乗り出すように話し掛けてくるものだから視界が胸いっぱいだ。

「村崎さんと蛍を見に行くって、ホント?」

視界が胸いっぱいで、いつもの顔芸が目に入らない。

耳聡みみざといな」

僕は胸に向かって言った。

それに答えるように胸が揺れる。

委員長がクスッと笑ったからだ。

「みんな知ってるけどね」

何故耳許でささやくように言うのか。

耳から背筋を通って股間に響くような声である。

「私、いい場所を知ってるの」

僕は委員長の顔を見上げた。

つつじと行くと、ワクワクドキドキキラキラしそうだが、コイツと行くと蛍の乱舞が乱交になって、光もピンク色になるのではないか。

「ちょうど川のほとりに平らな岩があって、寝そべって蛍を見られるの」

どうして含み笑いをするんだ。

「でね、そこは二人分の広さしかなくて、だぁれも来ないんだよ?」

くそ、勃起中枢刺激ボイスめ!

悪魔の囁きとは、こういうことを言うのだろう。

いや、声だけではない。

息遣い、見透かすような瞳、机の上をうように近付いてくる白い指。

これに抗える青少年男子がいるなら見てみたい。

「んんっ、んん!」

……わざとらしくも可愛らしい、つつじの咳払いが聞こえてきた。

「村崎さん、風邪かな?」

対する悪魔もわざとらしく問う。

助けて、ヤンキーエンジェル! スイートデビルが僕を奸計かんけいめようとしてる!

僕は目で訴えた。

「その……目高はあたしと蛍狩りに行く予定だから」

もっとビシッと言ってやれ!

蛍狩りが族狩りに聞こえるくらいの勢いで!

「え? 村崎さんて、修也君と付き合ってるの?」

「なっ!? つ、付き合っては……ねーけど」

「だよね。それに、修也君を目高なんて言っちゃダメだよ?」

「うっせーな。なんて呼ぼうが勝手だろ。あと日高とはこっちが先に約束したんだよ」

そーだそーだ、言ってやれ。

パンチラエンジェル改めスイートデビルは、男が戦うには分が悪いのだ。

その点、つつじは女でしかもヤンキー。

乳揺れミニスカ攻撃など物ともしないだろう。

「だから二人で行けばいいんじゃない? でも、付き合ってないなら彼と私が行くのも自由だよね?」

「そりゃ、そうだけど……」

「それとも、修也君を独占したい理由でもあるのかな?」

「べ、別に……そんなのねーし」

「じゃあ村崎さんが口を挟むのはおかしいよね」

「う、うん。……ごめん」

よっわ! ヤンキーよっわ!

見た目だけかよコイツ、くっそダサ──くっそ可愛いんだが。

ションボリしつつ、上目遣いでチラッと僕をうかがうように見る。

助けて、変態紳士! とその目は訴えていた。

よし、やってやろう。

僕がこの淫魔を撃退するんだ。

「実はさ、委員長」

「何かな?」

きゅるーん。

また変な効果音が聞こえてきた。

両手を胸元で組んで、僕のセリフに期待する乙女を演じる。

「蛍観賞は年に一回と決めてるんだ」

「え? どういうこと?」

顔は切なげに、組んでいた手は胸に当てて不安におびえるように。

「じっちゃんの遺言でな」

「修也君のお祖父さん、生きてるよね?」

「父方の祖父母は他界してるんだよ」

さて、遺言の内容をどうするか。

蛍観賞を二回した先祖が、尻が光りだすという謎の奇病に──

「修也君、優しいね」

へ?

「私、男子と手を握ったことも無いから、誘ったものの二人で夜にお出掛けなんて不安だったんだ。何されても抵抗出来る自信無いし、雰囲気に流されやすいタイプだし」

コイツ、何を?

「ホントありがとう。私のこと解ってくれて、そんな嘘まで吐いてくれて。ゴメンね、また誘ってね。心の準備しておくから。じゃあ」

……。

なに、この、謎の敗北感。

まるで僕が誘ってフラれたみたいじゃないか。

「お前さぁ」

「ん?」

「別に、あたしに遠慮して無理に断らなくてもいいんだからな」

僕とは違った敗北感を抱いているのか、つつじは不貞腐ふてくされ気味に言う。

おかしい、僕は確かにあの小悪魔委員長を撃退したはずなのだが。

「そうだよな。アイツの言う通り、夜に二人っきりっていうのはヤバいよな」

「ちょ、つつじさん?」

「鼻の下伸ばしてたし」

「は?」

「胸をガン見してたし」

「いやいやいや、僕は委員長が苦手なんですよ?」

「そういう意味じゃ、あたしは大丈夫か……」

つつじは目を伏せた。

いや、伏せたのではなく、自分の胸に目をやったのだ。

……僕は何も言えず、ただ切なさを感じていた。

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