第14話 傘

最近、つつじが不機嫌だ。

梅雨に入って雨ばかりだから、あまり猫達と会えてないのかも知れない。

「修也くーん」

委員長は雨の日も変わらない。

というか、最近は更に馴れ馴れしくなってきた。

「パンツ仕舞えよ」

「パンツ出しっぱなしみたいに言わないでくれる!?」

意外とノリがいいというか、可愛さで覆いきれずに地が出ることも増えてきた。

慌てて取りつくろうように、めくれてもいないスカートを恥ずかしげに手で押さえてみせるものの、わざとらしさが露呈している。

「……もう」

あれ?

今の恥ずかしがり方と、ちょっとねたような視線は自然体っぽい。

いやいや、騙されてはいけない。

コイツは名女優に違いないのだ。

「で、何か用なのか?」

「あ、今朝、風が強かったでしょ? 来るときに傘の骨が折れちゃって、帰り入れてもらえないかなぁ、って」

今、魅惑的なワードが混じっていたように思う。

抽出ちゅうしゅつしてリピートしてもらおう。

「もっと端的に、一言で」

「え? あ、入れて?」

「懇願成分が足りない」

「お願い、入れてぇ……?」

「いいだろう」

「え? いいの? 嬉しい!」

ありがとうじゃなくて、嬉しい、と言うところにあざとさを感じるが、その割に僕の意図を理解してない様子なのは意外だ。

「家バレして洗濯物チェックもはかどるしな」

勿論そんなことをするつもりは無い。

「あ、やっぱりいい。悪いし」

だが珍しく、委員長は顔に不快感を表す。

僕は嫌悪されて喜ぶほどの域には達していないが、委員長の本性を暴くのは面白い。

「置き傘があるから使えよ。男物で悪いけど」

「え? ホントに?」

意表を突かれたのか、また演技では無い表情を見せる。

「別にいいよ。今日は風が強いし、一緒に歩くより後ろを歩いた方が楽しそうだし」

「ちょっと、もう……そんなことばっかり」

またスカートを手で押さえるけれど、睨んでから目を伏せた表情は、演技なのかどうかは読めなかった。


一方、ヤンキーちゃんは演技が下手だ。

「なあ、つつじ」

「あんだよ」

「機嫌悪いのか?」

「悪くねーよ。なんであたしが機嫌悪くならなきゃいけねーんだよ」

もはや演技ですらない。

やはり過去に委員長と何かあって、快く思ってないのだろうか。

「……最近、杏子あんずと仲がいいみたいだな」

「そんな、パンツと仲がいいみたいに言われても」

「言ってねーよ!」

「いや、だって、委員長ってパンツが服着て歩いてるようなものだし」

「どんだけパンツが本体なんだよ!」

ちょっと元気になったみたいで喜ばしい。

「つーか、お前は委員長って呼んでんのかよ」

「ん?」

「いや、お前、修也君とか呼ばれてるし、その……キモいじゃん」

「僕の名前はキモいのか!?」

「そ、そうじゃねーけど、その……なんでかなって……」

「委員長って、そういうタイプだろ?」

「昔からの顔馴染みが多いから下の名前で呼んでる男子は多いけど……お前の場合、何かきっかけでもあったのか、ちょっと……気になったっつーか……キモいっつーか……」

コイツは無理やりキモくしたいのか。

「いや、先日、家の近所をパンツが歩いててさ」

「だからパンツパンツ言うなよ!」

「……ショーツ?」

「はぁ……もういい」

ウンザリしたような顔をしつつ、どこかサッパリしたようにも見える。

「つつじはさ」

「ん?」

「パン──委員長が、好きじゃないのか?」

「……別に、嫌いじゃねーけど、アイツの方から離れてったっていうか……」

「理由は?」

「判んねー。いや、何となく判るけど……」

「それは君が悪いのか?」

「……悪くない、と思うけど……仕方ないっつーか……」

歯切れが悪い。

理由が曖昧と言うより、つつじ自身が弱気というか、他者を悪く言いたくないのかも知れない。

「まあ、田舎だからさ……」

まるで、窓の外に向かって言うみたいに、つつじはそう呟く。

そんな理由が成り立つなら、雨だからという理由で僕は優しくなってもいいのかな、なんて変なことを考えたりもする。

雨の日は、少し気弱になってしまうものだし。


置き傘があると思っていたのに見当たらない。

誰かが間違えて持っていったのだろうか。

仕方がないので朝に差してきた傘を委員長に渡し、しばし教室に残って窓から空を見る。

つつじの席は、空を眺めるのにちょうどいい。

徒歩三十分の距離を濡れて帰らなきゃならないのは気が重いけど、もう誰も残っていない教室で、右手で頬杖ほおづえをついて空を見ていると気持ちが安らぐ。

まあ、つつじに見つかったら怒られそうだけど。

「何であたしの席に座ってんだよ」

そうそう、そんな感じで可愛らしい声を無理やり低くして──って、

「え?」

雨合羽を着たつつじが立っていた。

「さっき帰ったんじゃ?」

「杏子に普通のビニール傘を渡してるから変だと思ったんだよ。お前、男物の傘って言ってたし」

「それで?」

「傘」

女物の折り畳みの傘が差し出される。

たぶん、バイクに積んであったものだろう。

僕はそれを受け取り、二人で昇降口に向かう。

「風が強いからか?」

「ん?」

「普通なら、最初っからビニール傘の方を渡すだろ」

確かに、男物の傘の方が大きくて濡れにくいし、丈夫で風にも強い。

僕は苦笑した。

「ったく、紳士ぶんなよな」

そんなつもりは無いのだが、つつじは批判めいた口調で言う。

「だから僕は変態紳士だと」

「うっせ。ただの変態で充分だよ」

靴を履き替え、女物、というかピンク色の傘を広げてみせる。

うーん、変態紳士のイメージに合いそうもない。

でも、つつじの方は変態の僕にお似合いだとでも言いたげに、いつまでもくつくつと笑っている。

不思議と、笑われるのは不快では無い。

何故か雨も不快じゃ無かった。

つつじのバイクを見送り、長い帰り道を一人で歩きながら、僕はくるくると傘を回した。

風は弱まり、雨はピンクの傘を優しく叩いて、僕の足取りを軽くさせた。

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