第13話 あざとらしい

田圃たんぼの向こうに、パンチラエンジェルの姿が見えた。

パンチラエンジェルとは僕が委員長に付けた渾名あだなだが、この昭和の香りが漂う渾名を、まだ本人に言ったことは無い。

それにしても、私服もミニスカだし、全体的に男受けを狙ったようなファッションで、あざとさが際立っている。

きっと学校内だけでなく、この伸びやかな田園風景の中でも、愛嬌とパンチラを振りいているに違いない。

そういった意味では、彼女はまさしく天使と呼んで差し支えないだろう。

だかしかし!

僕は彼女を腹黒女だと睨んでいる。

学校ではつつじがデビル、委員長がエンジェルみたいな位置付けになっているが、実際は逆なのだ。

ま、デビルだろうがエンジェルだろうが、僕は委員長が苦手なので見つかる前に──

「あ、ひーだか君」

あざとい!

呼び方もそうだが、こちらを覗き込むようにわずかに腰を折り、やや斜めに顔をかしげる仕草は童貞キラーとも言える。

というか、制服ではあまり判らなかったが乳でかっ!

「何してるの?」

「散歩だよ」

そうとしか答えようが無い。

特に目的など無いし、家にいると、何かと僕を気遣う祖母がいて息苦しいのだ。

「さっき石川さんの家から出てくるところを見たんだけど、日高君って石川さんのお孫さん?」

田畑の向こうに見えている僕の家、というか、母方の祖父母の家を指して言う。

否定する必要も無いのでうなづく。

「ホント!? じゃあさ、じゃあさ!」

胸がはしゃぐ、いや、あざとさを感じるほどのはしゃぎように胸が揺れる。

なるほど、委員長の家はこの近所で、もしかしたら幼い頃に僕と会っていたかも知れないという筋書きだな。

「日高君は小さい頃、ここに遊びに来たりしたんだ?」

まあいい、乗ってやろう。

「そういや近所の女の子と」

「うんうん」

「お医者さんごっこして身体の隅々まで見せ合ったけど、もしかして──」

「そ、それは私じゃないと思うよ?」

当たり前だ。

僕にそんな記憶は無いし、幼い頃にそんな経験をしていたら、僕の性癖は全く違うものになっていたはずだ。

「えっと、修也君?」

「何で名前呼び?」

「なーんか壁を感じるから、親しくなりたいなぁって」

コイツ、今は小悪魔レベルだが、将来は絶対に悪女になりそうだ。

「そういや近所の女の子と」

「うんうん」

「結婚の約束をしたような」

「そ、それも私じゃ無いと思うけど……修也君、わざと意地悪なこと言ってない?」

くりっとした目を、心なしかウルウルさせているように見える。

「委員長」

「杏子」

「は?」

「あ、ん、ず。私の名前」

あざとっ!

名前すらあざといし、乞うような視線も勃起中枢すら刺激しかねない。

だが、僕は屈しない。

「い、委員長」

「えーっ!」

今度は不満の声を漏らし、ほっぺをプクーっと膨らませる。

恐ろしい女だ。

男に甘える術を心得ている。

「つつ──村崎さんのことはつつじって呼んでるのにー」

プンプンという擬音が聞こえてきそうな身振り手振り。

もうコイツのために、あざとらしい、という造語を進呈したいくらいだ。

でも、僕はむしろ冷静になった。

「君もつつじって呼べばいいじゃないか」

「え?」

委員長は、確か先日もつつじと言いかけて村崎さんと言い直した。

恐らく以前の二人は、つつじ、杏子と呼び合う仲だったのだろう。

「君にどんなわだかまりがあるか知らないが、つつじが君を悪く思っている様子は無いし」

「……」

何故か委員長は視線を落とし、悔しそうに唇を噛む。

初めて素の顔を見たような気がする。

いや、以前も一瞬だけ口調が変わったことがあったような。

「つつじは君を、優しくて面倒見がいい子だとも言っていた」

「どうせ、社交辞令みたいな評価でしょ」

「恋愛話に花を咲かせている君達を見て、羨むような目を見せることもある」

「そ、そんなのあなたがしてあげればいいじゃない」

「ダメなんだ」

「え?」

「僕じゃダメなんだよ」

「な、何か事情があるの?」

「解らないけど、僕が恋愛話をすると……何故か下ネタになってしまうんだ!」

「知らねーよ!」

「え?」

「あ、いえ、それは修也君が努力して直す問題なんじゃ」

「人は努力で直せることと直せないことがある」

「そ、そんな大層なことなんだ。で、でも、下ネタが話せる関係なんて、逆に羨ましいかも?」

胸の前で手を組んで、恥じらいつつも好奇心旺盛な乙女を演出する。

リアルできゅるーんという効果音を感じたのは初めてだ。

だが、どこか取りつくろうような素振りにも見えるし、さっき素の自分が出てしまったからなのか、居心地が悪そうにも見える。

「じゃあ散歩の邪魔しちゃ悪いから、私はこれで。またお話しようね!」

……逃げたか。

というか、僕はあのメスネコに屈せず撃退出来たようだ。

スカートをひるがえして去っていく委員長を見送り、僕は散歩を続けた。

空は青く、田園は豊かな緑、でも僕の網膜に、委員長は桃色を焼き付けていった。




※私事ではありますが、本日でお仕事12連勤……さすがに毎日投稿は厳しくなってきました。

これから週二、三回の更新とさせていただきます。

申し訳ありません……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る