第12話 ストロー

クラスに女子は十一人いる。

そのうち六人はパンチラを見た。

残り五人のうち二人は、常にスカートの下にハーパンを履いている。

あとの三人は防御が固い。

だが、それがいったい何だというのだろう。

以前の僕なら、パンチラを見たら、その日は一日得した気分になれた。

男って単純、でも、そんなお馬鹿な自分が嫌いじゃなかった。

なのに今は……以前のような高ぶりは無い。

一瞬の、それこそ刹那のきらめきのように過ぎ去っていく。

例えるなら、流れ星を見た瞬間。

あっ、と気持ちが高ぶり幸せを願おうとするし、その瞬間は幸せであるのだけど、結局は願いを唱える間も無く消えていく。

流れ星を見られたらラッキーだ、でもそれは本当の幸せじゃない。

僕は最近、そんな虚しさのような思いにとらわれている。

「なあ、つつじ」

「んー?」

「幸せって何だろうな」

「ぶっ!」

昼休み、紙パックジュースを飲んでいたつつじが何故か噴き出す。

「てめぇ、このやろう」

そして何故か怒ってハンカチで机を拭く。

いつもハンカチを持ち歩いているのは好ましい。

「君は、噴き出す姿も絵になるな」

「ぶふっ!」

いや、何も再演しなくても。

「てめぇ、いい加減にしろよ!」

何故かご立腹だが、その姿も様になる。

「つつじは、どんな時に幸せを感じる?」

「いきなりだな……まあ、猫と遊んでるときとか」

「うん」

「あとは、その……気の合うヤツと一緒にいるとき……とか?」

そうか、やっぱり僕が知らないだけで、ちゃんと気の合う友達がいるんだな。

「じゃあ、どんなエロに幸せを感じる?」

「エロ限定かよ!?」

「まあどうせイチャラブ甘々つつじ可愛いよ頭ナデナデみたいなシーンだろうけど」

「う、うっせーな! お前はどうなんだよ? どうせパンチラだろ?」

「……最近そうでもなくてさ」

「え?」

「ネットの大海を泳いで、一周回ってパンチラに回帰した筈なのに、いったい僕はどこへ向かっているのだろう」

「……さあ、一周回って自分のパンツで興奮すりゃいいんじゃねーか?」

ひどく投げやりな言い方だ。

更に、どーでもいーと言いたげな態度で、

「いつでもどこでも自己完結。自給自足ってヤツだな」

と付け加えた。

つつじは簡単に言ってのけたが、聞き流すことの出来ない内容を含んでいる。

「君は今、遠回しに言ったけれど、それって自分で自分をオカズにして所構わずオナニーしろってことだよね? 凄いこと口走ったワケだよね?」

「なっ!? し、知らねー! 意味ワカンナイし!」

「今さらカマトトぶっても遅いわ!」

「ホントにそんなつもりねーって! つーか、実際……そろそろそういった物質依存から離れるいい機会じゃねーか。生身の本体を求めるのが筋だろ?」

「パンツが本体だが?」

「死ねよ! ノーパンだったらどうすんだよ!」

死ねと言っておきながら、その先の答を聞いてくれる。

僕はその優しさに、毅然きぜんとした態度で応えねばならぬ。

「それは、魂の無い抜け殻だ」

「死ねよ!」

ダメ出しされた。

しかし、実際問題これは難しい事柄なのだ。

幸せとは何か。

言い換えるなら、幸せを築き上げることの出来る関係性とは、いったいどうあるべきなのか。

「例えばさあ」

「まだ何かあんのかよ」

やさぐれた態度で答えながら、紙パックジュースをストローでちゅーちゅー飲む姿が愛らしい。

「女性はアレを致すとき、女優になるらしいじゃないか」

「あ、あたしは……経験ねーから……知らねーけど……」

かわヨ。

「ただ、可愛く見せたいし、相手にも喜んでもらいたいし、ある程度の演技は……仕方ねーじゃんか」

ちゅーちゅー。

まるでねてるみたいにうつむいてストローを吸う。

「僕はね、嘘は嫌いなんだ」

「演技と嘘は違うだろ」

「女性の演技はともかく、男の方だって本体を脱がしたとき」

「本体を脱がしたとか言うなよ!」

「……パンツを脱がしたとき、心にも無いこと言わなきゃならない」

「な、なんて?」

「綺麗だよ」

「心にも無いのかよ!」

「……正直、僕も経験が無いから解らん。ま、僕なんかと付き合ってくれる女性は生涯いないだろうし、いらん心配だけどな」

「そんなことは……ねーと思うけど……」

ちゅーーー。

何故か悔しそうに、つつじは勢いよくストローを吸う。

紙パックがひしゃげて、むしゃくしゃした気分を形に表したみたいになる。

結局のところ、僕は嘘や演技で成り立っている関係性が不安なのだろう。

そういった関係性を偽りと断じるほどの人生経験は無いけれど、それでも、その少ない経験が僕を形作っている。

ただ、つつじは将来、偽りの無い幸せな家庭を築きそうな気がするし、そうあってほしいと望む僕の心にも偽りは無い。

そう思えることは救いだ。

僕はつつじを見て微笑んだ。

ちゅーーー。

もうジュースは残っていないのに、つつじはストローの音を立てて僕を睨んだ。

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