第11話 夏服

六月に入って、制服が夏服に変わった。

それだけで教室が明るくなったような気がするし、視覚情報が気分をやわらげてくれる。

ソフトエロは世界を平和にするし、何事もディープになっていくと争いを生むから、これくらいがちょうどいい。

「ところでつつじ」

「何がところでなのか解んねーけど何だ?」

ちょうどいい世界を、僕は守りたいんだ。

「言いにくいんだけどさ、お前だけみんなと違うぞ」

「あ? 髪色か? 今さらじゃねーか」

「いや、そうじゃなくて、女子のたしなみというかさ、ほら、みんなちゃんとしてるのに」

「何だよ、あたしが女の子らしくないのだって今さらだろ」

またこのヤンキーちゃんは自分を解ってない発言をする。

だらしなく脚を前に伸ばして座る姿勢、言葉遣いやぶっきらぼうな態度。

それだけ見れば女の子らしくないのは確かだ。

でも、可愛らしさの片鱗へんりんというか、にじみ出す可愛さというか、隠しきれない女の子らしい部分があるのも事実。

もっとも、周りはそれに気付いていない馬鹿が多いのだが。

「いや、そうじゃなくて、君はブラウスの下にTシャツを着てるじゃないか」

「……」

つつじが教室を見渡す。

透けブラが空気をなごませ、教室を華やぎで満たしている。

「解ってくれたかな?」

「何がだよ?」

なんと、この香り立つようなソフトエロの競演を、こやつめは理解していない。

「はぁ……」

僕は思わず溜息を吐いた。

やれやれ、この子猫ちゃんには僕が色々と教えてやらねば──

「お前さぁ」

ん?

「もしあたしがノーブラだったら、どうすんだよ?」

なっ!?

確かに、ブラウスの下のTシャツの更に下、その秘めたる空間にブラが装着されているとは限らない。

コ、コイツ、僕が先日パンチラで説いたシュレーディンガーの猫を、ブラで実証しようというのか?

……ふっ、甘いな。

ノーブラだったらTシャツを脱ぐわけがない。

ということは、観測者である僕に証明しようが無いのだ。

証明出来ないなら何の意味も無く、何も恐れることは無い。

もし君がノーブラなら、僕は何でも言うことをきこう、と言ってしまっても構わないわけだ。

裸で校庭を逆立ちして回ってやんよ! なーんて──

「つーか……ノーブラだから、無理っていうか……」

「はい?」

「いや、だから、Tシャツは脱げねーよ……恥ずいし……」

「ごめんなさい」

謝るしかなかった。

証明の必要なんてなかった。

そして僕は、己の未熟さを思い知った。

自分が今まで、如何いかに視覚情報だけに頼ってきたのかを痛切に受け止めねばならない。

シュレーディンガーの猫をいておきながら、その答だけにとらわれていたのだ。

これは科学実験ではないのだから、むしろその答よりも、考えうるあらゆる可能性の方に目を向けるべきだった。

つまりは、観測されない限り、パンツ、もしくはブラを着用していない可能性が存在するという事実。

妄想ではない、可能性においてそれは事実なのだ!

……いや、そんなことはどうでもいい。

「つつじ」

「……何だよ」

「風邪ひくなよ」

僕はアホかなのか!?

もうちょっとマシなことが言えないのか!

「……うん」

え?

何故かつつじは、少し照れ臭そうに笑った。

僕は本当は、心のどこかでTシャツを脱いでほしくないと思い、他の誰にも見せてほしくないと思い……つまり「風邪をひくな」というのは極めて遠回しな「脱いでほしくない」という意思表示であり、つまりは……どういうことだろう?

「夏になったらさぁ」

笑み、は浮かべていないけど、どこか楽しげな表情でつつじは話す。

「プール行こっか」

胸が高鳴る。

「ダメだ」

あれ? 僕は何を?

「行かない、じゃなくてダメなのか?」

「プールはダメだ。人の来ない川とか……」

いったい何が言いたいんだ僕は。

「泳げなくて恥ずかしいとか?」

「バカにするな。僕は運動は嫌いだが泳ぎは得意だ」

「そっか。じゃあ穴場に案内してやるよ」

もしかしたら僕は、つつじの水着姿すら他人に見られたくないのだろうか。

いや、まさか、そんなワケ無いよな?

この僕が独占欲? 彼氏でも無いのに?

そもそも女性なんて信用ならんし、でも、つつじは友人だし……。

僕の戸惑いなど知らずに、つつじは窓から空を眺めている。

曇り空の向こうの青空。

つつじの姿は、まるで夏を待ちがれているようにも見えて、また僕の胸は高鳴るのだ。

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