第10話 集会

雨の日は蛙の鳴き声がよく聞こえてくる。

水鏡のようだった水田も、稲が育って水面を隠すようになってきた。

こんな日は、窓の外を見つめるヤンキーちゃんもどこか物憂ものうげで、頬杖ほおづえをつく横顔も、無造作に髪をかきあげる仕草も、雨空みたいな陰影をまとっているかに見えた。

「なあ、ちゅちゅじ」

「……何?」

頬杖をついたままの気怠けだるげな返事。

でも、湿っぽい教室に、幼さの残る彼女の声はよく響いた。

「洗濯物が生乾きでパンツが気持ち悪いのか?」

「何でそうなるんだよお前は!」

怠さは吹き飛んだのか、いつもの元気な声が返ってきた。

「雨は嫌いなのか?」

似合ってはいると思う。

基本、美人ではあるし、化粧で誤魔化しているが、ヤンキーちゃんの顔は意外とあどけない。

雨だとアンニュイな雰囲気と相俟あいまって、普段より大人びて見える。

「んー、別に嫌いじゃねーけど」

「そのわりには履き古したパンツみたいに冴えない顔をしているな」

つつじは何故かプルプルと震え、それから深呼吸した。

「今日は集会に参加する予定だったんだけど、雨だしなぁって思ってただけだよ」

集会!?

コイツ、実はなんちゃってヤンキーなんじゃね? とか疑っていたが、ついに本領を発揮するのか?

田舎にはヤンキーが多いと言うし、この学校にはヤンキーちゃんしかいないだけで他校に仲間がいるのかも。

それならそれで……少し寂しい気はするが、つつじに友達がいるのは喜ばしいことだ。

「お前も来るか?」

「え? いいのか?」

「別に誰に遠慮することもないし」

なに?

新顔を集会に連れていくのに、気兼ねが必要無いだと?

こう見えて、実はグループのアタマとか?

学校に友達がいないというより、みんなに恐れられているだけとか?

……無いな。

こんな華奢で可愛らしいアタマがいてたまるか。

恐らくフレンドリーなヤンキーグループで、僕は連れていっても無害と判断されたのだろう。

「ふっ、見くびられたものだな。この僕が無害だとは」

「不快かもしんねーけどな」

「……」

「ちょ、冗談だって。悲しそうな顔すんなよ」

悲しそう? この僕が?

……まあいい。

何にしても、新たな人間関係などメンドクサイだけだが、色々と危なっかしいところのあるヤンキーちゃんだから、その仲間の顔だけは見ておこう。

「ところでちゅちゅじ」

「毎回言いにくそうだな」

「くっ! ……つ、つつじ」

「なっ! ……なんだよ」

「今日はその……履き古して穴が開きそうなトランクスなんだが問題無いか?」

「……誰もテメェのパンツなんざ見ねぇよ!」

おみ足から蹴りをいただく。

どうやらドレスコードは無いようだ。


雨が上がったからか、つつじは上機嫌だ。

校門までバイクを押しながら、鼻歌なんかを歌ったりしている。

まあ僕は流行の音楽とか知らないから、それが何の曲かは……でんでんむし?

つのだせやりだせあたまだせ?

可愛いかよ!

いったいどんな育て方をすれば、ヤンキーなのに鼻歌で童謡を歌うようになるんだ。

まったく、親の顔が見てみたい。

いや、ご尊顔を拝謁はいえつしたい。

「さ、乗れよ」

自分が今、最上級の可愛さを振り撒いていたことなんて、全く思いもしないのだろう。

ほんの少し短くなったスカートと、学校指定のダサいジャージ。

ちょっと傷んだ金髪と、背伸びした化粧。

僕は何故か、改めてワクワクするような思いで彼女の後ろに座る。

そしてそっと、バイクに揺られながらでんでんむしを口ずさむのだ。


「……で、これが集会だと?」

材木置場?

山から伐り出された丸太が積まれ、作業小屋みたいなものもあるが誰もいない広場。

いや、集会のメンバーは揃っているようだが。

「ああ。雨上がりのせいか、今日は集まりが悪いけど」

ふてぶてしい面構えをした奴、胡散臭うさんくさげに僕を見る奴、あからさまに無視する奴、そして、身悶えしそうなほど愛くるしい奴。

多彩な顔ぶれではあるが、そんな奴らに、つつじが慕われていることは伝わってきた。

「って、猫の集会じゃないか!」

「そうだけど?」

どうやらここは、野良猫の溜まり場になっているらしい。

で、猫達の慣れ具合から察するに、つつじは頻繁にここを訪れているようだ。

何より、つつじの柔らかな表情は、じゃれつく猫の可愛さと相乗効果を生んで胸キュン必至。

「あざとい」

僕は言わざるを得なかった。

「ん?」

普段と違って警戒心を解いているつつじは、笑みをこぼしながら僕を見る。

「くっ! いつもは無愛想なヤンキーが、野良猫に優しさを見せるという定番のギャップ萌えシチュをナチュラルに再現しやがって!」

「……何を言ってるんだお前は?」

そして警戒心を解いて無防備になっている今こそ言わねばならない。

「どうせならジャージを脱げ!」

……。

つつじには蹴られてしまったが、その後、猫ちゃんと楽しく遊ぶ。

今まで僕は、あまり動物と触れ合ったことは無かったけれど、意外と好きなのかも知れない。

「お前でも、そんな顔するんだな」

「え?」

つつじが、つい口を滑らしてしまった時のように、慌てて口元を手で覆う。

自分がどんな顔をしていたのか判らない。

言葉にするのもはばかられるような顔をしていたのだろうか?

「そんな顔ってどんな顔?」

「どんなって……その、へ、変態じゃない顔……だよ」

つつじの顔が真っ赤だ。

「……そうか、つい気が緩んでしまったのかも知れないな」

「お前は気を引き締めて変態顔を作ってんのかよ!」

つつじには怒られたけど、僕にはつつじが言う「そんな顔」というのが、やっぱりよく判らなかった。

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